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2016年7月2日土曜日

桑原(2)

食品を購入するためにスーパーに赴くと、ちょくちょく面白いというか、唖然とする場面を目にします。これは前のエントリとは別の店の話です。

どこのスーパーでも夕刻になると鮮度落ちの早い商品には割引シールが貼られていきます。鮮魚、精肉、惣菜等々...段階的に-10%、-20%、半額といわゆる見切りのシールが貼り重ねられていく店に17:30頃訪た際のことです。

そういうタイミングだったのか、精肉コーナーには割引シールが貼付されたいくつものトレイが並んでいました。-10%、-20%、半額といった鶏、牛、豚といった精肉のトレイが混在している状態です。勿論、シールのない、正価販売のものもありました。

ふと見ると、そういった値引き品を大量にカゴに入れている年配の女性客がいたわけです。六十代あたりでしょうか。切り落とし、薄切り、焼き肉、ステーキ用といった様相で、特に〇〇用に絞ってということでもなく、あたり構わず割引品のトレイをカゴに入れていました。
”いろいろな肉を沢山カゴに入れているなぁ、上手く調理して保存食でも作るのだろうか。”
と思いながらも通りすぎて自分が目当てにした商品の棚へと向かいました。で、しばらくして乳製品のコーナーでチーズを見ていた時なんですが、気づくと先ほどの年配客が...

別に、注視していたわけではありませんが、先ほどの割引品の肉を両手に持って較べていました。なんだか自分のカゴの中で選別しているようです。実はこのあたりからちょっと気になってきました。

そこから件の客の行動を目で追うと...カゴの中の精肉のトレイの中、半分程度を商品棚に戻していました。戻す?なるほど、割引のシールが貼付された商品を、取り敢えず手当たりしだいにカゴに入れると。そうしてカゴに入れて確保しておいた商品を後で品定めし、不要なものは商品棚に戻す...

正価品ならともかく、消費期限の迫った見切り品は商品棚の前で手にとったとしても、購入する/しないを判断して購入を決めた商品だけをカゴに入れるのが真っ当なんじゃないのか、と思った次第です。他の客の購入機会を奪うべきではない、サルベージした商品を戻してどうする、という意味で。

軽く唖然とすると共に、”なんだかなぁ”、といった印象を禁じ得ませんでした。テレビで目にする衣料品のセールや福袋の争奪と同じ感覚なんでしょうか。

ふと目をやると、この客は今度は餃子や焼売などの惣菜のパックを何パックもカゴに入れていました。
”また、惣菜のパックを見比べていくつかを戻すのだろうか?”
そんな思いが過ぎりながら会計を済ませてさっさと店を後にしました。桑原、桑原...

2016年6月7日火曜日

桑原

原則として日祝日にはスーパーには近寄らないことにしています。混んでますし、頭がちょっとアレな方、不快な場面に遭遇することが少なくありませんから。

偶々所用があって日曜日に立ち寄った時のことです。予定の商品をかごに入れてレジに並びました。前に二人買い物客がいて、私が三人目といったところです。レジ台には商品の入った次の客のカゴが置いてありました。

で、よく見るとカゴの後ろにポリ袋に入ったパンが...店内のベーカリーで焼かれた数個入りのバターロールだったかと。カゴにも入れられず私と前の客の間にぽつんとある状態です。
――これはお客さんが買う(つもりの)パンですか?――
前客の会計の段になって、当たり前ですが、まぁそんな意味合いのことをレジ係は尋ねるわけです。前客の”違いますの”返事の後、私にも同様に尋ねられ、違います、と応じたのは勿論のことです。

前客の精算が終わって、レジ係が私のカゴ内の商品をレジ打ちにとりかかろうとするその時、どこからかカゴを持った男性年配客がやって来ました。
――あれっ!レジの順番飛ばされちゃったか。――
宣うには、パンを置いてレジの順番を取っておいたと....
その場から離れてレジの順番を取っておくために、精査前の商品である袋入りのパンを置いておく...なかなか初めての場面でした。他のレジも含め大体一人二人程度の待ちだったんですが。

勿論、注意などするはずありません。そういった行為を何ら臆することなくできでしまう、ちょっとアレないい年をした年配者に何を言えと...
――お客様、こちらのレジへどうぞ――
言われるままに隣のレジへと移ったのでした。”くわばら、くわばら”と呟きながら。

2016年3月6日日曜日

代弁

前のエントリに続けます。

素朴な疑問です。”保育園落ちた日本死ね”ブログを利用した安倍総理批判で注目された民主党山尾衆院議員ですが、質疑の報道を見ていて漠とした他人事感が拭えませんでした。

一寸考えてみた所、御自身についての経験が織り込まれていなかったからではないかと。Wikiによれば4歳になるご子息がいらっしゃるようです。御子息の保育園事情はどうだったのか、全く判りません。

上記ブログから窺われるような苦労を実感しての件の質疑だったのか、率直に言えば”あんた自身はどうだったんだ”ということです。その辺りが当事者意識の欠如をなんとなく感じさせた一因のような気がします。ブーメランを投げたのか?

”母親”という共通の属性を持つ議員が幼児保育について代弁し、共感を得ようという意図かもしれませんが、なんだかなぁと...

自分を棚上げしなくて済む、独身の男性議員が質疑に立った方がブーメランと化す危険が低かったんじゃないかと思った次第です。勿論、フリでも演技でも幼児保育に向き合う真摯な姿勢が欠かせないのは言うまでもありませんが。

2015年11月20日金曜日

天丼

鶴舞の定食屋で昼食を摂った時のことでした。何気に配膳された丼をちらっと見れば、エビ丼のようです。

いわゆる天丼と区別するため、海老天の天とじ丼をエビ丼と称してみます。特徴は、丼ツユで海老天をひと煮立ち、或いは掻き玉の加えられた丼ツユをたっぷりかけるため、衣がクタッーとしているところでしょうか。丼ツユの味はいわゆる天丼より薄味で甘めかと。

名古屋に隣接した市の役所近くの天ぷら屋、同市にある古びた商店街の一角にある茶屋?、喫茶店?、守山の居酒屋?、定食屋?で遭遇しました。名古屋中心部の蕎麦屋やうどん屋では、古くから営業している店であってもこれまでお目にかかっていませんでした。

そのため、該エビ丼が名古屋特有の丼、いわゆる、名古屋めしであるという確信を今一つ持てませんでした。名古屋めしとして取り上げた事例も存じません。

ただ、最近になって、西区あたりの天ぷら屋でも天丼としてエビ丼が提供されているらしいことを知りました。今回の鶴舞の定食屋訪問でも、
――ああ、名古屋の天丼はやはりこうなんだ――
と改めて認識した次第です。

 それがどうしたと問われれば、それだけの話です。別段、褒めそやす意図はありません。天丼として秀でているかどうかは別の話ですから。

2015年9月20日日曜日

漏洩

これまで秘匿されてきた愛知県の機密がじわりと漏洩しているようです。官民合わせた愛知の民度は最高機密だったんですが...
これ以上の流出がないことを願ってます。

ちなみに、小学校時代、理科の単元で星座の授業があったことを思い出しました。スレた今なら、
あの数個の星でどうやったら熊、サソリ、双子...の画が思い描けるのか?
半日は問い詰めます。

2015年9月14日月曜日

境目

ルキウスさんが鮨屋へのワイン持込について言及したエントリをアップされています。次回予約や会員制化の話も含めて抵抗なく首肯できない旨、記されています。
ワイン持込、次回予約、会員制化
飲食店への酒の持ち込み一般に関しては確かに、
――あんたがお馴染みさんなら、店の酒を飲んで助けてやれよ――
ということに異論はありません。ただ、鮨屋へのワインの持ち込みについてはどうなんでしょうか。ワインに馴染みのない鮨屋の店主にワインの選択、品揃えや管理を期待するのも余計な負担を背負わせることになるんじゃないかと思うわけです。それなりの知見も求められますし...

イクラや子持ち昆布といった魚卵に合うワインを、なんて訊ねられても困ってしまいます。いっそワインについては適当な持ち込み料で持ち込みを認めた方が、本来の仕事に注力できて身軽になれるんじゃないかと。

まぁ、ワインの持ち込みなど断って、店で用意した日本酒でお楽しみ下さい、というのが本来であり、真っ当なのは勿論でしょう。

ただ、鮨屋でワインを、とせがむ客の割合を考えれば、持ち込みを認めざるを得ないのも致し方ないのかもしれません。面倒を避けられますから。

問題は、客と店の層の薄さがそういった客を断れなくしているということです。特定の店に特定の常連客が押し寄せる、これが客側の我儘を許さざるを得ない店側の弱さに繋がっています。これは名古屋圏の食べ手、常連客層の薄さ、狭さに由来しているわけですが、こういった部分が変わっていくのはなかなか難しい話ではなかろうかと思っています。

ところで、しばしば訪れるブログサイトに、
うなぎのしろむらには行かないで、刈谷のやま平へ(笑) 
といったエントリがアップされていました。エントリ本文中で御自身が鰻屋を訪れた際、
隣のテーブルのクソババア三人組、鰻丼食べ終わったら、バッグから、ごそごそビニール袋をひっぱり出したかと思ったら、なんと、中に梨か林檎が入ってました。
それをテーブルに広げて、平然と、食べ始めました
小奇麗な格好して、鰻丼食べに来て、最後に、フルーツ代をケチるか
良い子のお手本に成ってくれよ~
と記されています。この辺りの話についてはいずれ機会があれば...

で、その後コメント欄で鰻屋へのワインの持込についてやりとりされています。

勿論、店には無断でしょうが、品書きに記載のある料理(フルーツ)に類した食物の持ち込みは許されない一方、(メニューに掲げられていないとして)了承を得た上で持ち込み料を支払うならばワインの持ち込みは問題ない、そういった認識でいいんだろうか、と思った次第です。

許可と対価の支払い、これが両者の境目なんでしょうが...

未だに定期的と言っていい程ネット上で勃発する、飛行機のビジネスクラスや新幹線のグリーン席に乳幼児を帯同することの是非、
”料金さえ支払えば許される”と、
”オプション料金を支払っている周囲の乗客は快適な空間過ごす権利がある”
にも通底した話にもみえます。どうなんでしょうか。

2015年4月21日火曜日

行儀

今朝、戸外に出ると今週末の市議選候補者のポスターが自宅敷地に落ちていました。

昨夜(4/20)の雨風で隣家の塀から剥がれたのでしょう。で、ポスターを持って困惑したわけです。捨てれば選挙妨害の冤罪を被せられますし、意図的に剥がしたともとられかねません。ポスターには連絡先の記載もありませんし...

やむをえず、丸めて敷地内に置いて所用で外出、先ほど帰宅したところ、ポスターがありません。

通りから見えるように置いておいたので、おそらく関係者が持ち去ったかと、想像しています。無断で敷地に入って...(留守にはしていません)

そもそも、貼付ける際も敷地に入らなければ不可能なんですが、特にことわりの言葉もありませんでした。(塀は隣家のものです)

失礼なことこの上ないなぁ、と思った次第です。

今、当該候補者の選挙カーが候補者名を大音量で連呼しながら通りすぎていきました。失望します。

2015年4月18日土曜日

粛々

名古屋市内、及び、近郊で一日ほど車を運転していると、ほぼ確実に信号無視、一時停止違反といった事態を目の当たりにします。

これまで、危険運転、乱暴な運転という語は主に若年層の運転を連想させました。重大、悲惨な事故を引き起こしかねない無免許運転などはその最たるものです。

しかしながら、ここ十年ほどでしょうか、社会の高齢化に伴ってか、若者に加え中高年による身勝手な運転が増加している印象が強くなっています。男性、女性に依りません。

信号無視、直進車の進行を阻むような交差点での無理な右折、一時停止違反は典型です。本来優先されるべく、幅員の広い道路から右左折して狭い交差道路に進入する際、停止線から大きくはみ出して停止している車に行くてを阻まれることも頻繁にあります。

で、ドライブレコーダを取り付けてみたわけです。真偽は不明ですが、
信号無視の車に突っ込まれて事故を起こした
彼女とドライブ中に事故に遭った。
といった話もありますし...

事故に巻き込まれたわけではありませんから、派手な動画は記録されていませんが、稀にではなくそれなりの頻度で上述の事態が録り貯まっていっています。
アップしてみようかとも思うものの、編集する時間が取れないでいます。

語意というものが、目論見
(誤認、誘導、印象操作、錯誤、齟齬)によって歪曲されてしまうのは当然かもしれませが、
【粛々と】政治家が多用するフレーズの意味は? 菅官房長官は「今後使わない」(沖縄基地問題)
再稼働 政府「粛々と」 高浜仮処分 規制委「審査に影響ない」
当面の間、躊躇する、動じる、臆することなく強引に丁寧に、もとい、粛々とドライブレコーダによる記録を続けてみようかと思っています。

ところで、冒頭の事態は容易に記録可能でありますから、ドライブレコーダの悪用もいずれクローズアップされるかもしれません。演出ややらせに頼らずとも...


2015年4月4日土曜日

非情

特色かどうかは存じませんが、名古屋近郊では、”とんかつ”という食物は極めて身近な存在です。単にとんかつ定食だけでなくカツ丼、カツカレー、カツサンドをも含めれば至る店で口にすることができます。

うどん屋、ラーメン店を軽く凌駕していて供給過剰ではと思わんばかりです。まぁ、それぐらいの親しみ(=需要)があって、とんかつを提供する多彩な店が共存してきたのでしょう。

自宅近辺で、とんかつを前面に出している店だけでも(順不同)、

  1. かつ雅
  2. 八千代西店
  3. きらめき亭
  4. 美はる
  5. かつ星
  6. かつ久
  7. サカエ食堂
  8. かつ元
  9. 浅井
  10. 八千代分店いそむら
  11. 香竹
  12. マ・メゾン
  13. かつや
  14. かつさと
  15. 必勝
  16. サピド(カツサンド)

と列挙できます。味や価格は様々ですが...加えて、いわゆる定食屋、洋食店、うどん屋、喫茶店にCoCo壱番屋といったカレー屋等、とんかつを扱う店は枚挙に暇がありません。

特にうどん屋と喫茶店は正に伏兵といった存在かと思うわけです。なにせ、カツ丼とミニうどん(きしめん)、若しくはミニカツ丼とうどんというセットがうどん屋のお昼の品書きに堂々と掲げてある土地柄ですから。ラーメン炒飯セットのようなものでしょうか。

更に喫茶店です。カツカレー、カツサンドに留まらずとんかつ定食が人気の喫茶店もあります。喫茶店という業態の定義はさておいてです。味噌カツ定食の旨い店に至ってはもはや喫茶店なのかと...

以上は、外食の場合についてですが、加えて中食、即ち、持ち帰りも含めれば、とんかつを口にするための入手経路には不自由しません。ほぼ無限であるとまで言うのは言い過ぎかもしれませんが。

上記飲食店の何店かもテイクアウトができるのですが、それが本業である、ほっともっと、ほっかほっか亭、ベントマンといった持ち帰りの弁当店も一つの入手チャンネルです。

ただ、スーパーこそが中食の主役でしょう。惣菜コーナーには店内調理されたとんかつ弁当、かつ重、かつサンドが並んでいますし、とんかつ単品として調理済み、或いは冷凍食品の形態での購入もできます。一部のスーパではスーパー自身の調理によるものだけでなく、テナントとして入居している、さぼてん、和幸といったとんかつ、揚げ物に特化した専門店も選択肢として得られます。

で、実は町の肉屋こそがやはり中食の本命かと信じています。一般的ではないかもしれませんが...

そういった状況の中、尾張旭市晴丘の交差点付近で非情な抗争が勃発しているわけです。ストリートビューでは現時点で更新に至っていませんが、如何なものなんだろうかと思われる状態になっています。

片や薄衣を纏い余熱でじっくり火を通したトンカツそのものの旨さを売りにする店と、片やとんかつを中心とした揚げ物の庶民向けチェーン店、両者が広くはない道を隔てて対座しています。

確かに、とんかつのみの旨さで比べれば両者は均衡が保たれるのかもしれません。それでも、上質な豚肉を細かなパン粉で揚げた上品なとんかつの圧勝とはならないでしょう。粗めのパン粉で揚げられた、油と脂を味わうとんかつにも一定程度の支持があるはずですから。勿論、価格を含めての話ですが...

”ザ・とんかつ”として思い描かれるのは後者です。下記エントリも一例かと。
尾張旭のとんかつの美はるさんは、目を見張る? 
更に共存を阻む存在としてカツ丼の存在があります。とんかつ、丼ツユの浸みた衣とご飯、半熟卵が渾然一体となって上品なとんかつの前に立ちはだかるわけです。

とんかつ単品の上品な旨さで対抗し、伍して並び立つのだろうか、今後の動向を注視していきたいところです。

ところで、こういった幅広いチャンネルでとんかつを口にできる環境において、ある特定の店に足を運ばせるには何が動機となるでしょうか。

本末転倒かもしれませんが、実はとんかつ以外の部分に依るのではないかと考えます。とんかつそのものが並み以上の質であることを前提としてです。とんかつを食べて落胆する店には誰も赴きませんから。
――xxへ行ってとんかつを食べようか。あそこはとんかつだけでなく○○も旨いしね。――
この○○の部分、即ちとんかつ以外の部分が重視されるということです。
”とんかつは旨い”
”とんかつだけは旨い”
”とんかつしか旨くない”
ではなかなか難しいかと...

それは味噌カツの味噌ダレ、ソース、キャベツは勿論、カツ丼、豚汁、ポテサラだけでなく、串カツ、ハムカツ、メンチカツ、コロッケ、牛カツ、チキンカツ、レバカツをも含めての話です。どて煮もいいですがちょっと離れすぎかもしれません。

個人的にはエビフライは動機になり難く、旨いカキフライ、更にはアジフライに駆り立てられます。他にも、鰯、鮭、鱸、鯨、メカジキ、鮃、鮎、公魚、イカ、帆立...

魚介や鯨まで話を広げると際限がなくなりますのでこの類はさておきます。
  
話を戻せば、カツ丼はとんかつの味ではなく、丼ツユを含んだ衣で飯を食わせる料理です。ハムカツは庶民的過ぎるのでしょうか。ハムカツ定食を出す飲食店を知りません。

メンチカツ、コロッケが品書きにある店も多くはありません。コロッケは用意があったとしてもクリームコロッケがほとんどです。名古屋近郊でやまがき畜産や三田屋に匹敵するメンチカツ、ビーフコロッケを提供する店に訪問できたことはありません。

牛カツ、チキンカツも提供する店はあるものの少数です。もう少し増えてもいいような気がします。レバカツに至っては皆無に近いかと。”レバカツにするからレバーを薄めに切って”と精肉店で頼んでも通じませんでした。

こういったトンカツ周辺部分に特筆すべきものがある店、即ち、
豚汁の旨いとんかつ屋
ハムカツもあるとんかつ屋
コロッケが人気のとんかつ屋
メンチカツが評判のとんかつ屋
こういった店こそが、否が応でも、とんかつそのものへの期待を押し上げてくれるのではないだろうか、と思う次第です。

ちなみに、これまでで旨かったと印象に残っているとんかつ屋は、川崎市宮前区のとんかつ勝義と秋葉原の1店です。こちらは失念しました。もう二十年以上も前の話です。

勝義はグーグルによれば未だ営業中のようですが当時と同じかはわかりません。

蛇足でした。

2015年3月29日日曜日

抵抗

過日、昼食でもと、寿司屋を訪れた時のことです。高級店でも回転寿司でもなく、ランチセットの用意がある、いわゆるフツーの町の個人店です。

カウンターの向こうで主人が寿司を握って盛り込む間、小上がりで配膳を待っていました。で、何気なく主人の方に視線を移した時、手にポリの手袋をはめているのを見たわけです。

スーパーの惣菜売り場の向こう側で、おそらくパートの人達が惣菜をトレイに盛り込む時と同じく、ポリの手袋をはめ、ズレ止めの輪ゴムを手首にしていました。

寿司屋で職人がポリの手袋をはめて寿司を握る...軽い驚きを禁じえませんでした。庶民向けの店ということも理由にあったのでしょうか。よくわかりません。

その時は、衛生面で苦情でもあったのかと訝しげに思いながらも稀なことだと捉えていました。寿司屋に入って、寿司を素手で握られることに抵抗があるものなのか、といった思いでした。

その後、つい先日ですがある回転寿司屋に入りました。昼時ということもあったのでしょうか、寿司は流れていませんでした。ランチのセットを頼み、その後追加で適当に注文して握ってもらったわけです。

で、この店でも寿司を握っている職人の手にはポリの手袋が...

いや、ことさらポリの手袋をはめて寿司を握ることを否定するつもりはなく、衛生上からはむしろ好ましいのでしょう。

ただ...寿司屋としてどうなんだろう、しっくりこないという話です。特段、ポリの手袋をはめて寿司を握ることをあげつらうつもりはなく、私の頭が硬いだけかもしれませんが。

思い起こせば、ホテルのレストランでローストビーフが切り分けられる時、ポリの手袋をはめた手が塊肉を押さえている姿を見ていました。テレビの飲食店紹介番組でも、和洋を問わず、又、個人経営であるか否かに関わらず、ポリの手袋をはめた手を見かけるのは珍しくありませんでした。

これが店側の発意によるものか、客からの要望なのかは存じませんが、寿司屋に限っては堅苦しさ似た印象を抱いてしまいます。

それなら、寿司屋に入らなきゃいいじゃないか、そんな思いが過ぎります。

もはや、粋とか野暮といった次元を超えている?、踏み外している?ようにも受け止めてしまいました。
どうなんでしょうか。確かに衛生面に配慮していると言われればその通りなんですが、他に重視すべき部分が置き去られているように思えてなりません。

2015年2月17日火曜日

難癖

利益が出た時は素知らぬふり、損失が出れば提訴、ということなんでしょうか。
デリバティブで損失、南山学園が提訴 ドイツ銀などを
難癖だなあ、と思うわけです。 まぁ、学校側にしてみれば、形式的にでも欺かれた形にして提訴でもしなければ責任を問われますし。

提訴で責任を回避して内々の和解で学校側の体面を保ちつつ損失は確定、といった所が落とし所でしょうか。

額面通りに受け取れば、証券会社の甘言に乗せられ欺かれたということなんでしょう。ただ、精査も理解もすることなく、勧誘されるがままに巨額な資産運用を任せた学校側が間抜けだったというのが実の処かと。

経済、経営、法学部を擁する愛知県、中部地方のトップ文系私大という認識がありますが...中部の早稲田、上智は手前味噌の過大評価としてもです。複雑な金融商品の理解ができなかった、或いは、法人資産(他人資産)なので責任感が希薄だったの
でしょうか

学校法人運営の杜撰さ、不透明さを垣間見た気がします。

2015年1月24日土曜日

圧迫

先日、名古屋市郊外の道の駅、正確には併設されている地元産品の公的な直販施設内にある飲食店で昼食を摂った時の話です。

以前から、民間経営のドライブインが衰退する一方で、公的機関、半官半民、或いは第三セクターの運営によって道の駅が取って代わってきていることは存じていました。

これまでも他の場所で立ち寄ったこともありますし、随所の道の駅がメディアでも取り上げられているのを目にしています。

かつての民営のドライブインという営業形態は、高速道路網の発達でサービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)によって駆逐されてしまいました。

一方、一般国道におけるPA類似の役割を担う施設として道の駅は増加の一途です。

上記施設は設置、経営、営業に、比率はともかく直接、間接に公的資金(=税金)が投入されているわけです。投入の形態は事業委託、第三セクターや関連子会社への出資等、様々です。

道の駅という施設は、その実施がそれほど古くはないということもあるのでしょうが、冒頭の道の駅も含めて立派な施設ばかり、という印象です。正に小奇麗なパーキングエリアと形容できます。

昼食も突出して旨かったわけではありませんが、定食なら1000円前後で、焼きそばやカツサンドとなると更に安価に用意されていました。

少なくとも、名古屋市内の中心部の平均的な定食屋と同等以上で、一昔前のハズレのドライブインのように不味くて高いということはありませんでした。

立ち寄った食事処は、合い席を求められた上、更に数人の待ちができており、平日にも拘らずそこそこ賑わっていました。

食後、道の駅施設内をぶらぶら物色していた時、何とはなしに去来した幾つかの思いについて記します。

該道の駅は決して人里離れた山間部ではなく、付近に飲食店、スーパーがある場所に位置していました。客層は観光や仕事で移動中の他所からの訪問客ばかりではなく、昼食のために立ち寄ったであろう近隣の住民も少なくなかったかと。特筆すべき点はなくとも、並以上の食事が提供される地元の昼食の場にもなっているように見受けられました。

で、こういった広々とした駐車場を備えた公共の施設が、地元の昼食の場としての役割を持ってしまったとしたら、これは明らかな民業圧迫ではないか、と思った次第です。不公平な条件下、近辺の飲食店が生き残っていくのはなかなか大変だなぁと...

同一商圏にあるコンビニ間競争のような同一条件ではなく、公共施設を利用した民業と全くの民業の間の競争ですから。

高速道路という囲い込まれた環境下、独占状態で守られているSAやPAといった形を一般道にも持ち込もうという思惑なんでしょうか。

加えて、道の駅の収支はどうなんだろうか、経営状態は健全なんだろうか、といった疑問も脳裏を過ぎります。
なぜ道の駅は儲からなくても店を出せるのか   地方活性化とは名ばかりの「産直販売施設」

といった話もありますし...

リンク先の記事には経営不振に陥り、赤字が続く道の駅について触れ、道の駅の事業構造について論述されています。

記事によれば、道の駅の施設そのものは税金によって開発されており、施設整備の初期投資部分の回収を事業売上げから賄う必要がないとのこと。まぁ、皮算用はあるのでしょうが...

又、行政主導で建設された施設は立派過ぎる施設になりがちで、その過剰投資された施設には高い維持費が必要となります。この維持費を事業利益から拠出するだけでなく、自治体が予算を立てて維持している場合もあることが述べられています。
売上げの面で目標が低くても、事業が一見成立するようになり、一方、経費面では過剰投資のツケが運営にまわって割高なコストで薄利になってしまう。この「ダブルパンチ」によって、道の駅事業は、表向きは人がそこそこ来ていたとしても、地元で大きな利益を産んで、再投資がされていく、という理想的なサイクルにつながっていないことが多くなっています。
今回、道の駅に立ち寄って上記を実感したわけです。委託を受けた事業者にしてみれば正に至れりつくせりの圧倒的に優位な事業条件です。

これでは民間の同業が太刀打ちできる由がなく、淘汰されていくとみるのが自然ではないでしょうか。直接ではないかもしれませんが、民間の事業者が納税した公金の投入で道の駅を設置、場合によっては維持費も手当...

で、近隣の民間同業を衰退させ、担税力を奪っていくというのも如何なものかと。道の駅設置は確かに若干の雇用を創出するかもしれませんが、公的資金を投入しての赤字事業の継続には違和感を憶えます。

蛸が自分の足を喰っているようにも映り、予算、補助金といった公金の非生産的で、偏った分配、タカリ、浪費としか捉えられないわけです。

いっそ、地域の競合を全て廃業に追い込み、余剰人員を道の駅で雇用しますか。公的資金で....これでは社会主義国家ですが、この時の公金は誰に負担を求めればいいのでしょうかね。

事業単独で自立して収益を生み出せない施策、即ち、公金頼みでハコモノ建てて物品販売して食事を提供、これで地方創生が叶うとされているならばお笑いです。

ふるさと納税にも似たものを感じています。似た構図ではないでしょうか。地方自治体が企画する特産品の通販のわけですが、やはり、そここに皺寄せ、歪というか民業圧迫だったり、全体としての税収減、不公平を感じてしまいます。

この制度も地方創生の策としてどうなんでしょうか。いずれ記します。

2014年11月15日土曜日

普遍

名古屋に隣接した市の役所近くの喫茶店の話です。

以前のエントリでも記しましたが、麺と共に”当然のように”白飯を喰らう名古屋圏です。

店名を冠した定番のランチは、ミートスパゲティ、ナポリタン、或いは、焼きそばのいずれかと白飯、赤だしに唐揚げかコロッケ、サラダ、漬物、食後のコーヒーとくるわけです。

当然、ナポリタンの上に赤いウインナーを戴いています。このウインナーと恵那鳥を使用した唐揚げとの旨さのギャップが...

麺類の味付けも白飯が進む濃さです。というか御飯なしでは麺を食べ進められない濃い味です。

スパゲティ、白飯、赤だしと不動の名古屋めしです。揺ぎもせずメニューの先頭に鎮座しています。続くのは鉄板メニューで上記ミートスパゲティ、ナポリタン、焼きそばに加えて焼きうどん、そしてインディアンスパゲティ...

ご存知でしょうか、インディアンスパゲティ。説明はいたしません。

で、鉄板メニューの料理写真の下に注釈があります。
確かな記憶ではありませんが、
――上記メニューは200円追加で定食にできます。定食には白飯、赤だし、冷奴、漬物がつきます。――
平然の如く”定食にできます”。当然のように白飯と赤だし...もう、白飯なしでは麺類が食べられない、或いは、白飯なしで麺類を食べると罰せられる地域なんでしょうか。

他所の追随を許さない、正に名古屋圏の孤高の食習慣、この微動だにしない普遍性を強く実感した次第です。

2014年10月28日火曜日

包隠

豆千待月グループはですね、宮沢経産相にお礼すべきだと思うわけです。

株主になってもらうか、献金するか、やはり件のSMバーでの接待でしょうか。飲み放題で4000円だそうです。

2014年10月7日火曜日

片棒

詳細には存じませんが、FC2を利用したブログについて、幾つかの更新が滞っているように見受けられます。
「FC2」関連会社家宅捜索 謎の会社のベールは剥がれるか?
FC2でブログやってる人は引っ越ししたほうがいいんちゃう?
味覚の鋭敏さを誇示して、料理レビューやら飲食店紹介といった食べ歩きのブログ記事をアップする前に、御自分が何の片棒を担いでいるのか自覚されたほうが賢明ではないでしょうか。

2014年9月15日月曜日

余談

生来の鈍舌ですから、以前のエントリに挙げた店、蕎麦ツユが気になった店に加え、

平針 菊丸
瀬戸 百姓庵
尾張旭 そば清
長久手 安江(瑞穂区の店は知りません)
門前町 一八

いずれの蕎麦も美味しく啜っています。

各々の蕎麦の違いについて言及する意図はありません。

で、全ての店の天ぷらを口にしているわけではありませんが、長久手 安江の海老天と蕎麦香露がいいかなと...

火が通り過ぎていない小海老が気に入っています。

天丼やかけ蕎麦に載せるなら、衣たっぷりのよくあるサイズの海老天ですが。

かやくご飯の用意があるのも嬉しいところです。

蕎麦とは関係ない話です。


2014年3月16日日曜日

三色

生産性についてのエントリ、方策(4)はいずれ機が熟すのを待って仕切り直します。気分を変えるため、少し飲食について記します。

名古屋市内、及び、その近郊に限った話かも
しれません。赤黄黒の二〜三色を使った派手というか目立つ看板を掲げた中華料理店が増殖しています。閉店した飲食店が居抜きで看板を掛け変えて開店することが多いようです。

比較的低価格の昼食メニューが用意されています。各々3種ほどの醤油ラーメン、豚骨ラーメンといった麺類と炒飯、中華丼等の御飯物を組み合わせた麺ランチ、とA、B、Cの3種ほどの中華定食メニューがあり、どれも一人前の分量が過剰な点が共通しています。経営は分かりませんが、調理、配膳は全て中華系の方です。

で、問題は味なのですが、ほぼ外れです。残さず食べ切ることがなかなか辛いわけです。


いくつかの例を挙げます。

炒飯が好物であるため、何人かの同席者が居合わせた際、ファミリーチャーハンという名称だったか、大皿で注文しました。本当に炒めてあるのか疑わしいような、正にミックスベジタブルの混ぜ御飯さながらの炒飯?が供され、その失望感は表現できません。又、その分量は筆舌にし難く、途方に暮れました。

上記を除き、総じて油っぽい上に油が良くないせいか、食後は胸焼けというか胃もたれがします。この時は普通の揚げ焼きそば、炒飯でした。


加えて、味も濃いわけです。揚げ焼きそばや中華丼に載せる八宝菜の醤油味も濃ければ、棒々鳥、四川風冷やし中華にかけられた胡麻ダレも濃くくどい味つけでした。濃厚という表現ではなく、口腔内がざわつくというか、デルモンテのケチャップを口に含んだ時のような感覚です。

鳥の唐揚げは一片が大きいのは結構なんですが、冷めると肉、衣が共に固くなります。こちらも濃い下味に加え、添えられた胡椒塩+マヨネーズ+ケチャップが味覚を麻痺させる如くの味濃さ...

スープについては好みによるのかもしれませんが、炒飯に添えられるスープ、醤油ラーメンのスープからは特有の肉のクセというか臭みを感じることがよくあります。一方、別の店で出されたコーンスープや卵スープは味付けが定まっていないといった印象です。全体として濃い味付けの料理の中でこのぼんやりした味付けが際立ってしまいます。重湯で付けたかのようなトロミもあまり好みではありません。まぁ片栗粉だとは思いますが...

料理を提供する側と口にする側の出身国が違えば、当然、食習慣、嗜好も異なることは理解しています。上記はその範疇の話なのでしょうか。

看板に”国家特級調理師”という資格を掲げているいる店もあります。それがどんな資格か知りませんが... 個人の印象としては、果して母国で中華鍋を振っていた経験者が調理しているのか疑問に思うことがあります。私達の好みを理解しよう、美味しい料理を提供して人気店にしよう、といった姿勢が窺えないのです。

以前、多数の名の知れたホテルのレストランで、意図的か慣習かは存じませんが、食材偽装、誤表示の騒ぎがありました。私自身、海老の区別も脂肪が注入され結着された加工牛肉か否かも、或は、解凍鮮魚かどうかも、味わいの差異に気付けないだろうと、鈍舌の自覚はあります。

その鈍舌をもってしても尚、口に運んで味わうことに抵抗を覚える料理を供する中華系中華料理店が少なくありません。

もう少し当たりの的中率が上がることを強く望んでいるものの、未だ失望は続いています。今後、期待できるのでしょうか。

2013年11月7日木曜日

追加

ランコントというパンの店を訪れました。千種区に開店してそれほど時間は経っていないようです。

ライ麦入りパンのカンパーニュ、ヨーグルトライ、他をこれまで購入しました。

カンパーニュはきめ細かく密な感じで、風味がありパテと共に美味しくいただきました。

ヨーグルトライは更に密になって、風味が増すと共にしっとり感が強くなります。こちらもハム、ベーコン、といった畜肉加工品と共に食べるのに向いているかと思います。

自宅から便利な位置にある訳ではありませんが、以前挙げたパンの店に加え、新たにライ麦パンを入手できる立ち寄り先が見つかったのは嬉しいことです。

2013年11月6日水曜日

線引

かなり間が空いてしまいましたが、前のエントリから引き続き、飲食店内で撮影した料理写真をブログで公開する行為について考えてみます。

北海道 上富良野町の5本の木(嵐の木)、美瑛町の哲学の木を撮影する観光客の余りの心無い態度、マナー違反が話題となったのは二、三ヵ月前でしょうか。

又、別のエントリでも触れていますがSNSのバカ発見器としての性能は依然低下することなく、その後も、王将、しまむら、ピザーラ、スシローと猛威を奮っています。

他にもUSJやTDLでの学生の迷惑行為等も記憶に新しいところです。

では、飲食店で料理の写真を撮影してブログで公開する行為は上記と何が違うのでしょうか。

ネットワークで公開された迷惑行為は、炎上を引き起こし、周囲から非難を浴びると共に個人を特定され、挙げ句には損害賠償請求に至ったり、威力業務妨害、強要罪として被害届けを出されたり逮捕されたりもしています。

ただ、これらはあくまで迷惑行為に対するしっぺ返しであり、実は写真撮影に駆り立てる動機は同根ではないかと考えています。

線引きは単に法令に抵触するか否か、他者に迷惑か否かに過ぎず、写真を撮影して公開するという行為に違いはありません。

勿論、両者には分別という溝があるわけですが...

上記エントリでも触れましたが、溝のあちら側には迷惑行為をする輩が元々存在しています。単に、SNSで写真を公開して共感を得るという強烈な動機、デジカメによる撮影の容易化、情報の拡散性の大きさと高速化が彼等彼女等を顕在化させたということです。

では、こちら側の人々が溝を渡って向こう側に行ってしまうことはないのでしょうか。

従来、この溝は幅広で深く、彼我の段差もあったと思います。ところが、上記要因に加え、個性の尊重というか、個人主義、放任自由主義の高まり、規範意識やモラルの低下、飲食に関わる衛生管理に対する過剰な要求と疑念、こういった諸々が溝を埋め段差を縮めているようにもみえます。

根底にある動機が同じであることに加えて、個人の価値観の多様化は軽々とブロガーをあちら側に連れ去り、或は、気がつけばあちら側にいた...溝が埋まったことで起こり易くなっています。

こちら側に思い留まらせる、引き留めるのは分別という錨ですが、モラルハザードが起こり易い構造であるのは否めません。

例えば、食べログを覗けば至る処にそういった兆候が窺えます。(炎上する前に削除されるなり管理されていますが...)
 
実際あちら側の人々を定量的に推し測ることはできませんから、確証も根拠もありません。なんとなくです。メディアに踊らされているだけかもしれないことも否定しません。

上述のアルバイト従業員が引き起こした問題行動が何件も露見した時、”「うちら」の世界 - 24時間残念営業”というブログ記事が話題になりました。既に削除されています。

大雑把には、情報リテラシーは学歴に相応し、低学歴層はネットワークを介した向こう側の存在を理解できない、ということのようです。で、向こう側とリアルの自分の仲間(=うちら)を同等に捉えてしまい、問題行動を公開してしまうと...

ネットワークの向こう側を想定する力は、学歴というか学習の結果も一要因であることは否定しませんが、それのみに依存する、主要因であると私自身は考えていません。 

例えば、愛知県とか、名古屋市の飲食についてのブログを考えます。ブロガーの方々は県内、市内の飲食店を訪問し、店や料理の写真をブログで公開してレビューしています。

こういったブログの読者は、全てではないにしても、ブロガーと行動範囲が重なる、自分も当該飲食店を訪問可能な属性に偏るのは当然でしょう。これまで愛知県や名古屋市と関わりがあった、或は、今後関わりがありそうな読者を除けば、九州や北海道、東京、大阪、アメリカ、 ロシア、ブラジル、オーストラリア、イタリア、ケニアの読者は少なくて当り前です。

逆に、行動範囲が重なる読者はブログの情報を元にリアルの世界で追体験をして情報の共有が蓄積されていきます。物理的な距離も小さいわけですから場合によってはネットワークを介さない、リアルの世界での顔合わせもあるでしょう。

即ち、相互のコミュニケーションがネットワークを介してのみに依存する場合より、地域に限定された飲食のブログの場合では、ブロガーと読者の間に濃密な関係が形成されていくことになります。

ブログを含むSNS自体にも、
――気に入った人だけに閲覧してもらい共感を得たい―― 
意識があるわけですから、集まった読者は賛同者、支持者(=仲間)であり、 
本質的に”うちらの世界”を形成し易い条件が備わっていま
す。


結局、うちらが形成される順序は異なるかもしれませんが、ローカルのテーマを取り上げたSNSには上述の情報リテラシーを欠いたうちらの世界と共通の土壌があると捉えています。

尚、飲食店を訪問して提供された料理の写真を何のコメントもなく羅列して公開するだけのブログ、料理写真を羅列して公開しているにも拘らず御自分の備忘録である旨宣言しているブログが存在します。

こういったブログの目的、動機、意図を含む真意は未だ図りかねています。いずれ理解したいと思っています。

2013年7月15日月曜日

暴走

――音楽が続く限りはダンスをやめようとしない――

リーマンショックの回顧で頻出する言葉です。


日々の食料品を求めて西友によく赴きます。特段、避ける理由はなく、むしろ大手流通の中では気に入っています。
ただ...

西友、「国産うな重」を"土用丑の日"に向けて値下げ

強い違和感を感じています。

街道の大手牛丼チェーン吉野屋、すき家では鰻丼、鰻弁当の消費を煽るのぼりが旗めいています。

私のメールにはヤマナカから予約を促すメールが配信されてきます。

成城石井では値引きシールが貼られ、見切り価格で蒲焼きが販売されています。

鰻は絶滅が危惧されている食材ではないのか?

小売や外食による加工、流通の工夫なのかもしれません。マダガスカル、フィリピン、タスマニア産シラスの利用、養殖地と産地の分別による結果かもしれません。

ただ、ジャポニカ種を含む近縁種について絶滅危惧種指定への検討が進められているはずです。

ニホンウナギ「絶滅危惧種」検討 国際自然保護連合が来月会合

私はメディアに踊らされているのでしょうか。いずれにせよ整合性のなさを感じます。


喰うなというつもりはありません。ただ、喰い散らかすのではなく、節度を持って丁寧に味わえないのか、と思ってしまいます。

提供する側も鰻そのものの価値を十分引き出しているのか、首を傾げます。

メディアには消費を過剰に煽るなと...土用丑の前に、鰻養殖の一大産地を抱える地域の首長が、旨そうに鰻を頬張る姿を報道するのも如何なものか、と考えます。

資産バブルははじけた後でバブルだったと認識されます。鰻も喰い尽くして絶滅してみなければ、価値が実感できないということでしょうか。

自由主義経済の限界、私達の自律性の欠如を懸念します。

「やっぱり鰻は旨いなぁ」

鰻を喰う度に毎度毎度呟いています。私はあと何本の鰻を味わえるのか、そんなことはわかりません。ただ、呟く機会が消失してしまう、鰻が幻となってしまう事態は是が非でも回避すべきです。

秋田沖の鰰、島根、鳥取沖のズワイガニのような管理システムが導入されることを願ってやみません。