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2016年4月2日土曜日

判断

偶々、タイミングよく虚を突かれて了承してしまったのだと思います。判断や対応の妥当性についてご意見を賜われればありがたい処です。

先日のある金曜日、午前九時を過ぎた辺りでしょうか。自宅にいた所、
”屋根の〇〇が浮いていますよ。”
と戸外から声をかけられました。で、戸外に出て声をかけてきた若い男が自宅屋根の指差す部分を見てみました。建築についての知識が乏しい私には〇〇”は聞き取れず、たとえ聞き取れたとしてそれがどこの部分を指すのか分からなかったと思います。(後で屋根と壁の取り合い部の雨押えという部材であることが判明。

で、
”屋根の〇〇が浮いています。このままでは雨が入って雨漏りし出します。”
と言うわけです。”ウチはそういう工事を頼む所は決まっているから。”と応えたのですが、
”偶々近くで工事をしていまして、材料を持っていますので2000円でコーキングして応急処置をします。”
と。”本工事は知り合いに頼むけどそれでいいなら。”処置を了承しました。そんな金額で屋根に上がるのか、といった問には、
”宣伝です。”
とか、
”私達の仕事を知ってもらいたい。”
との返事でした。 工事業者の知り合いがあると伝えたものの、宣伝のためという返答に、”そんなものか”と一応の整合性を感じ、午後から上記応急処置をする運びとなりました。名刺も渡されました(=身元、所属が確認できる)ので、まぁ、悪徳リフォーム業者ではないだろうと判断したわけです。屋根に上った経験がある私には、2000円で屋根上の仕事をするものなのかと、半信半疑ではありましたが...

午後からの工事ということでしたので、当然、該会社名で検索しましたが悪い情報は見つけられませんでした。消費者庁、国民生活センターのwebサイトでも当該業者の名は検索されませんでした。

”じゃ、いいか”、と思っていたのですが、結局その日の午後業者は現れませんでした。業者の知り合いがあることを伝えていて、大きな工事に繋がるわけでもありませんから、”ばっくれたのかな。週明けにでも知り合いの業者に不具合について相談してみるか。”というつもりでいました。

土日を挟んで週明け、もうこの話は無くなった気でいました。ところが、月曜の朝、同じ業者が、

”どうされますか?”
と。

土日とはいえ、調べる時間的余裕を十分作った上で打診してきたわけです。補修を了承しました。実は土日の時点で話が無くなったと思い込まず、もう少し雨押え補修の必要性について調べるべきだったのかもしれません。

当日午後から補修工事に取り掛かることになったのですが、ふと、事前に指摘部分を撮影しておくことを思いつきました。特に深い考えはなく、一体何処がどうなっているんだろう、という思いからでした。

梯子をかけて指摘された辺りを撮影、印刷してみたものの、よく判らないままです。何処に雨漏りの恐れがあって何処をコーキング剤で塞ぐのか...雨押えの裏側は指が入る位空いていても構わないような情報も見かけましたし。

午後になって補修工事を始める段になって、写真を見せながら、業者に尋ねてみました。何処がどうなって何が問題なのかと、実は不要なんじゃないかと。
”放っとくといつか雨漏りします。”
などといった、何だか要領を得ない返事でした。こちらも不要という確信はありませんでしたから、まぁ、そうなのかと、断ることなく補修を進めてもらうことにしました。大した金額ではありませんでしたし。
”補修部分の写真も撮ってきます。”
とコーキング剤を手にした業者が屋根に上がり戻ってきました。十分程度でしょうか。

戻ってきた業者の話を聞いて、疑問が氷解しました。やはりセールスだったわけです。スマホで撮影した補修部分の写真をチラッと見せ、
”他にも割れた部分がありましたので補修しておきました。”
とか、
”屋根材がかなり古くなっているので...”
などと屋根全体の塗装、修理を勧めてきました。断ったのは言うまでもないことなんですが。

下はコーキングで応急補修をしたと称される、雨押えの盛り上がった部分の写真です。


”何だ、コレ?雨漏り予防の応急処置がこれなのか?”

屋根材が割れて雨漏りが生じた場合、補修前に撮影しておいた屋根の写真と照らし合わせるつもりでいます。

手元にある名刺には”創建コーポレーション”と記してありました。

2016年3月15日火曜日

民進

民をどこに進めるのでしょうか。政党名の決定まで、右往左往してどれだけの資源を浪費したのか...

牛歩戦術の遺伝子がしっかり受け継がれているとしか思えません。民主主義の手続きには時間がかかることは承知していますが、名前を決めるだけでこれじゃぁ。政策とか選挙戦略など、より重要な決定を迅速に下せるのか。

烏合の党と化して空中分解するのも時間の問題かもしれません。

2016年3月4日金曜日

自負(2)

前のエントリに続けてです。

ただ、だからといって、
保育園落ちた日本死ね 
のような話が大好物の人々によって、国会の審議における物議の火種、売名の道具、及び、放火をお家芸とするメディアの一素材とされてしまうことには違和感を禁じえません。

ここから新たな役者として、総務大臣に御登場頂いて、電波停止に加え、IP通信の規制にまで言及されれば辺り一面炎上間違い無しです。

2016年2月29日月曜日

自負(追記アリ)

手元にエレコム(株)社製USBハブがあります。購入してかなり年月が経過しています。このハブの外装部材がベタベタしているのに気が付きました。

ポストイットの貼付部に似た粘着性を発現しています。このハブの外装部材にはゴム状の弾性素材が用いられており、おそらく部材に弾性を付与する可塑剤が部材表面に滲出したことによるものと推測しています。

樹脂系の外装部材が経年変化でベタベタしてくるって、一体いつの時代の製品設計なんでしょうか。どういった目的で外装部材の材料としてゴム系素材を選択したのかは存じません。

しかしながら、ゴム系素材は難燃剤、可塑剤他の添加剤が比較的滲出し易い素材であることは、かなり以前から知られている現象です。材料選択の上で予想し、配慮すべき問題であるのは間違いありません。添加剤が滲出しない素材とか、可塑剤フリーの弾性材料を採用すべきでした。

ちょっと製品の基本的な仕様に対する品質設計の水準が低すぎなんじゃないかと。性能や機能以前の問題です。

例えば、真夏の炎天下に駐車しておいた自動車車内のルームミラーが落ちたとか、ある日自動車のドアを開けたらヒンジの溶接部が切れてドアそのものが外れかかった、そういった類の話です。(事実です。かつて乗っていた輸入車がそうでした。)

ドアが外れて落ちないとか、時間が経ってもベタつかないとか、ユーザーがいちいち注意することじゃないはずなんですが...

とはいうものの、
 100円ショップSeria(セリア)の「延長コード」 - 返金/回収
といった話が昨年あったことも思い起こされました。いわゆる延長コードです。火災の恐れがあると...

こんな日用品すら安心して使えないのかと考えると、製品製造に対する日本企業の姿勢に失望します。"Made in China"だからというのは関係ありません。

”ちゃんと作る”のはそれほどまでに難しいことなんでしょうか。機能や性能という購入を促す付加価値部分ではなく、製品として当たり前の部分についてなんですが。製造や設計に対する日本企業の信頼に疑念が生じつつある今日このごろです。

さて、今夏の参院選では、
野次を飛ばさない政党、候補者を支持したい
わけですが、なかなか難題のようです。正に、こんな要望も適えられないのかと。安全な延長コードを入手するより困難なことなんでしょうか。

まぁ、こっっちの信頼失墜は随分昔からなんですがね。

と記した矢先に、

「保育園落ちた日本死ね」ブログに安倍首相「本当か確認しようがない」、国会では「誰が書いたんだよ」などのヤジ

ああ、そうですか。これがお答えですか...

2016年1月17日日曜日

行詰

独占を堅守するつもりなら相応の矜持が必要です。独占に伴う責任を自覚できないならば、規制緩和を進めて信書送達事業を民間他社に開放すべきではないでしょうか。
――あて所に尋ねあたりません――
だったか、
――配達準備中に調査しましたが、あて所に尋ねあたりません――
毎年、差出した年賀状の内、一葉は差し戻されます。宛先住所不明とのスタンプが押印されて。

いや、不明とされた住所から差出された年賀状を頂戴しているのですが...年間を通じて一〜二通は誤配もあります。

記憶を遡れば、自動車税の滞納者扱いを受けたこともありました。転居の際、郵便局に転居届を出していたのですが、税の納付期限が過ぎたあたりでしょうか、突然県税事務所からの電話が...

――自動車税を滞納しています。一体何時納付するんですか?滞納金が...――
そもそも納付書自体が転送されていませんでしたから、端からの滞納者扱いは不快を催させました。当然、

――納付書が届いていない。事情も鑑みずいきなりの滞納者扱いは失礼じゃないのか?――
となるわけです。県税事務所の言い分は、差出した時点で納税者に届いたとみなしている、とのこと。

――届いていないのは事実だ。いきなり滞納者扱いしたいなら書留か、配達記録便で送ってから言うべきじゃないのか。――
まぁ、謝りませんわね。これが公務員の無謬性なんでしょうか。結局、納付書が新住所に再送されて納税しました。ちなみに、最初の納付書はそれから半年後に転送されてきました。


年々、郵便送達に関わる信頼性が毀損していく一方で、営業活動、特に年賀状の販促活動は熾烈さが増大している、そういった印象を抱いています。

ここ数年、晩秋、初冬あたりから年賀状のセールス活動が開始されている気がします。郵便受けには郵便物と共に、近隣の特定郵便局二局から年賀状の申し込みハガキが投函されます。

その後、郵便配達員から直接年賀状の申し込みハガキを受け取ります。こちらは、本局への申し込みとなります。その後、所用で郵便局に赴けば、至る局で
――年賀状はもう用意されましたか?――
の問いかけがあります。12月も中旬を過ぎて、スーパーの店頭、本局の局前に設けられた特設売り場からの、年の瀬に行き交う人々への販促活動で佳境を迎えます。正に、年賀状を購入しない市民は許すまじ、そういった感すら覗えます。

年賀状って日本郵便の独占事業じゃないのでしょうか?年賀状市場という一つのパイはそのまま日本郵便のものです。以前、横から手を出そうとしたヤマト運輸は、厳しくその手を叩かれ、最近ではメール便からの撤退も余儀なくされています。

いくら販促活動をしようが、年賀状を送る人が必要以上の年賀状を購入するはずはなく、又、送らない人が購入に傾くわけがありません。販売元は日本郵便で共通ですから、本局と地域の特定郵便局で互いに共喰いしているに過ぎないかと...

不毛で非効率以外の何ものでもありません。相当の余剰人員があるんじゃないかと疑ってしまいます。”株式会社になって営業も頑張っています”、ポーズならば動機は理解できます。しかしながら、株式会社化して利益を意識せざるを得ないとしても、方向が誤りです。

漏れ聞く所によると、局内では、”年賀状はまだまだ。年々伸びている。”、といった訓示が管理職からあるようです。???大本営ですか...

虚礼廃止、人口減少、e-mailやSNSといったコミュニケーションツールの多様化といった潮流を鑑みれば、年賀状の発行枚数が増加する根拠が見つかりません。

以下は裏付けるいくつかの現状です。
ノルマ1万枚!年賀はがき販売で郵便局員同士が過酷な潰し合い!売れないと一人で路上販売
年賀ハガキの利用者がどんどん減っているらしいので発行枚数を調べてみた(2015年発行分まで)
同様な非生産的な話はクレジットカードの勧誘キャンペーンで遭遇しています。銀行や航空会社等、比較的”堅い”とされている企業が発行する、年会費が有料のクレジットカードの会員加入を、該企業に勤務する取引先、友人、親類あたりから依頼されたことはないでしょうか。

大抵、初年度会費が無料で、有料となる時期が来る前に連絡をもらって解約する取り決めをしています。一度も使用することなく、解約の電話を入れてカードにハサミを入れるわけです。

未だ釈然としないままです。せいぜいカードの発行枚数の多さを誇示する程度しか思いつきません。勧誘の目的を理解しかねています。発行元で一年後解約率を押さえているのは勿論でしょうが、相当の経費負担ではないでしょうか。

で、この不毛な悪弊はどのように解消されていくのだろうか、関心を寄せているのですが、難しい話なんじゃないかと。おそらく、この会員獲得キャンペーンの関係者全てがこの非生産性を認識しているのではないでしょうか。

つまり、会員獲得へと駆り立てる管理職、キャンペーンの責任者、経営幹部、全てその間で”解約を前提とした加入でも見掛けの数字ができればそれで構わない”といった了解ができている、ということです。表面上、肯定することはないとは思いますが。

脈々と受け継がれ、自身が辿ってきた道は否定できないわけです。自己否定に繋がりかねませんし、この”お約束”は組織防衛の一環と理解できます。こうしたクレジットカード解約の山が死屍累々と築かれ続けることを絶つには、外部からの生産性評価が一策です。しかしながら、以前のエントリにも記しましたが、組織、個人に関わらず、追い詰められた危機的な状況に至らない限り自己変革なかなか難しいかと...

昨年、巷を騒がせた東洋ゴムの性能データ改ざん旭化成建材他の杭打ちデータ改ざん問題東芝の不正会計問題といった組織の不祥事も、同根の話かと、そう思った次第です。

2015年8月28日金曜日

区別

ご無沙汰しております。

分別がつかないのは以前からですが、区別もつかなくなってきました。老眼が進んだせいでしょうか。
維新分裂 衆院支部解散届を提出 橋下、松井氏離党受け
山口組が分裂状態に…弘道会への不満が背景 「大きな音をさせずに済ますのは難しい」
違いがわからないでいます。 

2015年5月18日月曜日

迷走

変化を嫌う、正にシルバーデモクラシーの具現化ということですか。
大阪都構想 反対多数が確実に 橋下氏、政界引退も…「維新」に大打撃
勿論、 橋下支持というわけではないのですが...橋下ポピュリズムでもシルバーデモクラシーには敵わなかったと。

まぁ、大阪都抗争による、未来の変化への不安を煽るネガティブキャンペーンが繰り広げられたように見受けられます。責任や負担を将来に先送りする、正しい民主主義の有様を垣間見た気もします。

レームダック化する一方、揺り戻しというか反動に伴う混乱や敗残兵狩りが起こるのでしょうか。それはそれで非効率です。

部外者の視点にたっての話です。問題解決のための現状変更でも変化が認められない、或いは問題が悪化した、で、更なる変更を加える、若しくは元に戻す、そういった機会が拒絶されたわけです。硬直化が進んで茹でガエル現象が現れるのか、興味深いところです。

郵政民営化とその見直し、民主党政権の立ち往生にも似た閉塞感を催させます。

2015年5月4日月曜日

延焼

更なる延焼を期待したいところです。
大森由紀子さん、こんな些末なことで物知り自慢をする前に、日本語を学び直したらどうか! ランジェリー、もとい、ブーランジェリー、もといブーランジュリ?
しばしば拝読しているブログで上記エントリがありました。”Boulangerieのカタカナ表記について、FB上の”ブーランジュリとすべき”、といった声に、
”ブーランジェリーだろうがブーランジュリだろうがどちらでもよい。それより..."
揶揄されています。まぁ、カタカナ表記した時点で是非を云々してもしょうがないなぁと...

”情熱ミルフィーユ”
の週があったことを思い出しました。”Boulangerie”より”mille-feuille”を正すのが先決ではないでしょうか。

こういったTシャツを着用されている方々に目を向ければ、正にどうでもいい話かと思った次第です。

2015年4月24日金曜日

停滞

不在者投票で今週末の地方選の投票を済ませてきました。

思想信条、政策、政党より静かな候補に投票しようか、そんな思いが去来しました。ただ、静かな候補はそれはそれで、正体不明なわけです。まぁ、エア候補でもいいんですが...

選挙カーで選挙区内を縦横に走り回り、大音量で名前を連呼する候補より、静かな候補に...そういった状況もなんだかなぁ、と思う次第です。

もう少し賢い遣り様があって然るべきではないかと。これが民主主義を体現しているとは、とても受け止められません。率直な印象です。

で、投票所に”選挙のお知らせ”のハガキを持って赴きました。本人確認(?)の後、投票用紙を受け取って記名、投票、最後に”お疲れ様”と声をかけられ一丁上がりと...

会場には選管の職員が6〜8名程。

そういった、選挙運動や投票システムの一切合財を含めて民主主義のコストと言われても、素直に首肯できるはずもなく、選挙の度に非効率だなぁ、と感じます。

投票システムが根源ではないかと。この部分の生産性向上、即ち、投入資源の削減と投票率の引き上げが固定票の割合を下げ、地方選の活性化を促すのではないでしょうか。

そのために求められるのはやはりネットワーク経由の投票システムです。これまでも度々話題に上がっていますが、全くもって進展はみられません。不正な投票に対する懸念が払拭できない、といった理由によるものでしょうか。

おそらくなりすましが主となる不正な投票、これを防ぐには厳格本人確認が必要ですが、現在の投票システムと同程度の厳格性であればそれ程困難ではないのでは、と思っています。

二段階認証を利用したログインシステム、国税電子申告・納税システムで用いられる電子証明書、指紋認証や虹彩認証、近々始まるマイナンバー制度、近い将来、そういった技術の応用で厳格な本人確認システムが実現できるとみています。少なくとも、現在と同程度以上には...

もう少し実現に向けた前向きな議論があってもいいのではないでしょうか。システムの大きな変更で困る人々がいるのかもしれません。

ポピュリズムに陥りかねないと言われれば、確かにそれはその通りです。

そういった、ネット投票システムを含めた集合知の具現化、これこそGoogleの責務ではないでしょうか、と身勝手にGoogleに押し付けておきます。

ところで、名古屋市とその近郊に限った特徴かもしれませんが、”本人”と染め抜いたノボリを旗めかせた自転車がやたらと目に付きます。

”別人”、”他人”、”代理”、”影武者”、そんなノボリを掲げた自転車は通らないのでしょうか。

2015年4月21日火曜日

国策

地方移住の気運を盛り上げたいのでしょうか?

NHKが音頭をとっているやに見受けられます。

朝ドラでも...

さよなら桜もち
ニュースウォッチ9でも...
どう向き合う・人口減少
ふるさと納税に続く地方創生策の一環かもしれませんが。補助金給付で何とかなる話なのかと...

今後の推移を注視していきたいと思います。

2015年3月6日金曜日

視点

”効率や生産性には目を向けない”
やはり行政組織の体質なんでしょうか。以前からもその効果は疑問視されてきているのですが、
誰か佐賀県教育委員会にChromebookというものを教えてあげてくれ
費用対効果を含めた生産性という観点が欠如しているわけです。最新、高性能のハードを教育に導入すれば効果が現れるのでしょうか。それ以前にシステムやコンテンツといったソフトウェアの質を重視すべきです。

結局ソフトの根幹にあるビジョンや目的、設計思想、そういった部分に信頼性がない限り、教育へのIT技術導入も効果は期待薄かなと...

手段と目的をはき違えているように見受けられます。門外漢ながらいずれ”学ぶこと”について記すつもりです。

で、効率性という点で国税電子申告(e-Tax)のシステムにも違和感を感じたわけです。本来、制度やシステムは単に電子化するだけでは不十分で、簡素化統合を進めてこそ生産性向上が図れると考えています。

生産性云々より、電子化ありきだったでは、といった感が否めません。生産性向上に全く寄与していないと言うつもりはありませんが...

なんとなく、上記佐賀県の高校教育へのタブレット導入にも似た、ハコモノ公共投資的な印象を抱きました。正確にはハコモノではなくシステムですが...

確定申告の申告書類作成には、ここ何年かは国税庁の確定申告書等作成コーナーの書面提出を利用しています。国税電子申告(e-Tax)ではありません。PDFファイルとして作成した申告書類を印刷して提出しています。

上記コーナーの書面提出とe-Taxのシステムは未来永劫併存し続けるのでしょうか。とても統合されるとは思えません。何とも非効率だなぁと思います。

ICカードリーダライタ、電子証明書、公的個人認証クライアントソフト、ルート証明書...とてもe-Taxに移行しようという意欲を萎えさせます。まぁ、そもそもWindowsにMac OS、IEにSafari、Adobe Readerと使ってないOSやソフトばかりです。インストールすらしていません。

システムの運用当初はe-Taxの方が先進的だったかもしれません。しかしながら、クラウドという表現はともかく、ブラウザ一つ、しかも多様なOS、ブラウザで利用できる書面提出による申告書作成のほうがよほど先進的です。

本人認証の部分を厳格にして電子申告機能を付加すればe-Taxは不要ではないかとさえ思います。体面がありますから後には引かないでしょうが...旧来から連綿と受け継がれてきたの官の体質です。

少し検索してみると、
平成 25 年度における e-Tax の利用状況等について(概要)
という報告があって、所得税申告における e-Tax利用率が50%を超えていて驚きました。が、更に調べると、
昨年はe-Taxによる申告の比率が、個人納税者の所得税申告で4割を超えたという話ですが、この利用率には税務署で申告相談に訪れた人をPC申告に誘導して、スタッフのヘルプの下、その場でe-Taxを使って手続きをとらせた人の数がカウントされているそうで、これが利用者数の大半を占めているのが実態のようです(税務署の相談窓口に行くと、手書き申告書持参でも即PCコーナーに誘導されます)。
といった事情があるようです。
こういった非効率性から目を逸らして、IT化による行政機能、手続きの生産性云々が声高に叫ばれても、手段の目的化、ITゼネコンの既得権化が垣間見えてしまい、嘆息するばかりです。

2014年12月29日月曜日

無駄

下衆な話で一寸一服。
NHKお天気お姉さん「岡村真美子」さんがW不倫&警察沙汰騒動で番組降板。
全くもってどうでもいい話題なんですが、 思ったところを記します。関係者の方はどなたも存じ上げません。

まぁ、
”根本的にテレビの一番組、或いは番組の一コーナーとしての天気予報はいらないんじゃないの?正に資源の浪費だなぁ。”
とは以前から感じていたことです。必要なんでしょうか。当然お天気キャスターと称される方々も含めてです。

どなたも気象予報士の資格をお持ちなので自らの考えで予報を公表できるのでしょうが、自分の言葉で解説していても予報にどこまで己の考察を加味しているのか、首を傾げています。

で、不倫はするが丁寧でわかりやすい解説と予報が確実に的中するお天気キャスターと、解説が判り難く予報も外れまくりだが不倫はしないお天気キャスター、有能なのはどちらなんでしょう。

結局、お天気キャスターという電波芸者であって、気象予報に関し突出して優れた何かを提示できていないわけです。気象庁由来の同じ元データの分析によるわけですから、予報や解説もほぼ一つに収束してしまいます。

残るはキャスターのパーソナリティで、特色はここで出す外ありませんがその必要はあるんでしょうか。

内容に差のない気象番組を各放送局がタレ流しても電波含め人、モノ、カネの無駄遣いです。もっと生産性の高いコンテンツの制作に資源を投入できないものかと。

昨今、天気予報は、テレビ、ラジオ、新聞、電話といった旧来メディアからだけでなくPCやスマホ経由でネットから、又、テレビでもデータ放送によりオンデマンドで知ることが可能です。

そういった環境の中で、各放送局が毎日定時に天気予報を流す有用性がどれほどあるのでしょうか。真に予報を必要とする属性の方々は積極的に予報を入手するでしょうし...

必要ではないが知りたい層、若しくは、番組と番組の間、番組内の一コーナー、さらに言えば、単にバックグラウンド天気予報として受動的姿勢で視聴する程度でしょう。

局の数、放送時間、ヒト、モノ、カネと見る側の受動的視聴時間を積算すれば、相当の資源が浪費されていることは容易に推測できます。

規制緩和の一環か否かは存じませんが、一般向け予報業務の民間への許可を可能にするため気象業務法が改正され、気象予報士という資格が創設されたわけです。

ところが、鳴り物入りで始めた資格制度にも拘らず資格の需要が大きくなかった、増えなかったと。今更なくすわけにもいきませんし...

何となく、硬直化している電波利権の中でしか生息できない気象利権といった感が否めません。

2014年11月16日日曜日

大義

 今週辺り、衆議院が解散され、総選挙に向かうとの報道が至るところで目につきます。

で、野党もメディアも”大義がない”の大合唱なわけです。

浅学でよくわからないのですが、本来の”衆議院解散”の意義というか目的はどこかに定義、記載してあるのでしょうか。

大義ある解散というのも記憶にないのですが...

古くは"バカヤロー"だったり、"心機一転""支持率低下で追い込まれて""国民の信を問う"、そんな理由しか思い出せません。

2014年10月12日日曜日

公共(4)

他にも、NHKのウェブサイトにある、
1.「NHKだからできる放送」とは何か
2.人権と放送についてどのように考えているのか
3.「公平・公正」、「不偏不党」とは具体的にはどういうことか
4.再放送が多いのはなぜか
5.なぜ、スクランブルを導入しないのか
といったfaqが興味を引くところであり、こういったfaqが、
I.国内番組基準
II.放送倫理の確立に向けて
III.NHK放送ガイドライン 
IV.NHK倫理・行動憲章/行動指針
を基に作成されているであろうことは間違いないところかと。

そういった中、
――意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う。――
といった文言が目を惹きました。

正に今、Yahoo!ニュースで
「マタニティマーク」ネットで論争 妊婦が権利振りかざしている?
といった実に上記文言に該当する記事が取り上げられています。

非生産的だなぁと常々思うわけです。

この類の問題は以前も記していますが、
(小児、幼児、乳児、妊婦)x(航空機、新幹線を含む鉄道、バス)x(ビジネスクラス、グリーン席を含む指定席、ベビーカー)
と同根です。

定期的に不毛な炎上がネット上で勃発、で、何ら解決せず収束し、次の炎上に向けエネルギーが蓄積されていきます。

ガス抜きなんでしょうか。

こういった問題をNHKが両論併記しても何ら解決に結びつかない、進展しないようにみえます。そういった理由であまり取り上げられないのかもしれません。

少し逸れますが、先日来始まっている衆参両院の予算委員会でやたらと”女性が輝く社会づくり”というキャッチフレーズを耳にします。

安倍総理大臣は、2020年までに女性の指導的地位に占める割合を30%にすることを目標に、女性の活躍の推進に官民挙げて取り組んでいきたいとのことです。

政府が女性の採用、任用を官庁や企業に指示、依願するそうです。しかしながらそれ以前に、上記に類した、社会に横たわる女性と出産、育児、子育てに関わる不毛な問題に終止符を打つことこそ優先されるべきではないでしょうか。

女性の労働を取り巻く現況は、社会全体の価値観に基づく環境、認識が反映されたものであり、切り離して独立に改善するとは不可能ではないかと思うわけです。

根幹の問題が解決に向かわない限り、目標達成は困難でしょうし、形ばかり目標に近づけることになり、無理矢理感が付いて回るような気がします。

話を戻します。

対立する問題について、中立を保つため両論併記することは、特定の立場に立たない、特定の意図に基づく誘導の排除である一方、見方を変えれば責任を回避していると捉えることもできます。

両論併記しても何ら解決に結びつかない、進展しないことをNHK自身が自覚しているためか、番組としてあまり取り上げられてこなかったような気がします。

単に両論を併記するだけに留めず、各々の立場が依拠する礎、各々の視点からの解決策等は提示されてもいいのではないでしょうか。イニシアティブを取って、一方が正しく、他は譲歩すべきといった判断を出すのではなく、社会が自ら解決していくための具体的、客観的、統計的な詳細情報を提供すべきということです。

対立する公共の問題は、社会が賢くならないことには解決に向け駒が進まないと考えます。

ところで、NHKは、自らが公共放送の機関であるという自覚に基づき、国内放送の番組基準を定め(H10.5改正)、又、放送に携わる全ての者が日々の取材や番組制作を行ううえでの判断の指針とすべき「NHK放送ガイドライン2011」を作成(H23改訂)しています。

この基準やガイドラインを無視、或いは軽んじた番組の制作はできないということでしょう。であれば例えば、対立する公共の問題において、一方の立場がNHKの番組基準に反し、他方が該基準に沿っている場合、公平な両論併記は可能なのでしょうか、疑念が払拭できません。

つまり、番組基準、ガイドラインがあることで、既に完全な中立性は損なわれており、制作された番組には該基準に沿った意図が込められてしまっている、ということです。

番組基準やガイドラインによるバイアスもそれが適正であれば公正中立を装い責任を回避するよりましかもしれませんが...今度は、バイアスが許容されるのか否か、適切性はどうか、公正中立を標榜するな、といった話になってきます。

この辺りの整合性はどうなっているのでしょうか。


(続)

2014年4月27日日曜日

不実

前のエントリで記した、STAP論文問題の調査委員会委員長辞任報道の後、楽天市場の二重価格表示問題の社内調査についての結果が報道されました。(4/25)

公表がGW直前の金曜日の夕方というのも、楽天らしいというか、さもありなんという印象です

勿論、内容は社内調査ですからお手盛りです。

で、直後に楽天市場のトップページを見ると全く目立たない下部に”楽天市場事業に係る調査報告について”へのリンクがありました。

容易に利用者の目に触れる配置ではなく、むしろ”隠蔽”、”素知らぬ振り”との指摘を避けたいがためといった意図が伝わってくるようです。まぁ、何事もなかったかのように、本日も通常通りということです。

その不誠実振りというか、利用者目線のなさに特に驚いたわけではありません。やっぱりな、といった所でしょうか。


時同じ頃、”海上自衛隊護衛艦「たちかぜ」いじめ訴訟”で国側賠償の判決が確定しました。

海自いじめ訴訟、確定へ 「判決重い」と防衛相

事件の詳細は、以下のリンク先にあります。

たちかぜ自衛官いじめ自殺事件
護衛艦たちかぜ暴行恐喝事件


海自がいじめについてのアンケートを隠蔽していたようです。国側の代理人として訴訟を担当していた海自の三佐による、この事実を指摘する陳述書の提出をきっかけとして、判決が確定しました。
 

”だから”とか、”それでも”と、特段、この件をもって自衛隊について是非を云々するつもりはありません。

ただ、自衛隊という国の組織に対し、信頼が大きく毀損したのは間違いありません。組織を構成する個人の社会正義に対する責任感と勇気に頼る以外術がなく、又、その動きを封じ込めんとする組織的圧力の存在もは全くもって残念であり、不愉快です。過去、闇へと葬られた事案の存在への疑念を生じさせます。

関係者全てが同一組織に属していたことがまだ幸いだったのか、否か、よくわかりません。一方で近年、警察や検察といった強権を有する組織の、組織外の第三者、即ち、被疑者に対する理不尽な扱いの例をしばしば見聞します。いずれにせよ、組織防衛が共通する行動原理かと考えます。

官が官なら民も民、官民挙げての組織防衛ということではなく、組織が存在する以上、組織から自己防衛の意識は払拭できないわけです。国家、民度、社会システム、組織形態や存在目的により意識の程度は異なるでしょうが、根幹は同じでしょう。

強権を有しない組織、例えば、市役所、区役所、学校であっても、組織の内外を隔てる明確な境界はあります。特に、この境界で摩擦が生じた時、或は、組織内に瑕疵が存在した時、組織防衛が優先されてしまうような気がします。結果として、問題は隠蔽、若しくは見て見ぬフリされ、そのしわ寄せは公正、中立、客観性、及び、倫理観を見失わせ、 信頼の失墜へと繋がっていきます。

東日本大震災に伴う福島原発の事故原因の一つとなった、いわゆる”安全神話”もこの組織防衛に由来していた、と捉えています。

”組織は誤る”、”問題のない組織はない”、を前提とした自動的、強制的な自律自浄機能、自己との対峙機能を如何に組織に組み込むか、ということですがなかなか難しい話です。取り敢えず、適切に自己認識できるかでしょうか。

理研が同じ轍を踏まないことを強く願います。