2020年4月27日月曜日

典拠2

以前のエントリで、”姑息”の誤用について触れました。

そこでは誤用の原因の一つは政治の場にあると記しましたが、著作物でも(愚劣/低劣/卑劣/不当/無責任/不誠実)いった語感を催させる例に遭遇しましたので挙げておこうかと。


少し前に映画「日本の一番長い日」を観ました。役所広司が阿南陸軍大臣を演じた2015年版です。ポツダム宣言受諾〜玉音放送に至る政府首脳の動静、阿南陸軍大臣の割腹、並行して起きた宮城事件が題材です。

その中で、
――姑息な真似をするな――
という台詞を耳にしたわけです。ポツダム宣言受諾の可否について政府首脳間で議論が紛糾している際、大本営発表が発出されようとしました。ところがこの内容は、陸軍省の若手軍務局員が”勅命を拝した”と騙ってのものでした。これが偽であることが発覚して梅津参謀総長から出た叱責の言葉です。

虚言を弄して目的を達成しようとする姿勢には、その場しのぎというより、卑劣、愚劣といった語感をより強く感じます。この言葉が脚本、原作のいずれにあったのか、更に1967年版はどうだったのか、興味深い処です。

こういった事例の積み重ねが誤用の広がる一因であることは勿論ですが、
”募ってはいるが募集はしていない”
”要請に従わないパチンコ店は公表する”
という文言を見聞すると、著作物よりやはり(意図的に?)捻じ曲げた用法に依る処が大きいのかもしれません。




2020年4月25日土曜日

非情2

致し方ないのかもしれませんが心証は好くありません。以前のエントリはとんかつ店についてでした。此処の処、そういった事例が目につきます。そこまでの余裕がないのかもしれませんが、もう少し距離をとっても好かったのではないかと。
鰻が主力の仕出し屋の向かいに鰻屋(尾張旭市)
個人営業の寿司屋と、通りを挟んで斜向かいに大規模回転寿司店(名古屋市名東区)
揚げ物中心の持ち帰り弁当店と、その並びに躍進目覚ましいチェーンの唐揚げ店(名古屋市守山区)
町のパン屋と、数メートル離れてベーカリー(瀬戸市)
珍しい話ではありませんけど。 

余暇

パチンコ、パチンコ、パチンコに行くのさ
今日もパチンコ
明日もパチンコ
仕事自粛でラン・ラン
コロナなんてラン・ラン
10万貰ってラン・ラン
 仕事休みで今日もパチンコ、Everyday!
パチンコ、パチンコ、パチンコに行くのさ
今日もパチンコ
明日もパチンコ
大阪休みでラン・ラン
奈良でパチンコ、ラン・ラン
和歌山パチンコ、ラン・ラン
仕事休みで今日もパチンコ、Everyday!
パチンコ、パチンコ、パチンコに行くのさ
今日もパチンコ
明日もパチンコ

2020年4月21日火曜日

要請

何だかよく解らないのですが、休業や営業時間短縮の要請は、
”アナタの店は知事が決めた休業や時短の対象です。休業、若しくは時短を要請します。”
と個別に行政から直接要請されるものなんでしょうか。それとも忖度して言われずとも自発的に休業や時短営業を決めるものなのか

さて、
要請:必要だとして、強く願い求めること。強制性はないはずです。
ついでに
協力:ある目的に向かって力を合わせること。
との定義を念頭においた話です。

で、先程来、ネットやテレビの報道でやたらと”要請に従わない”という見出し、記事を目にします。例えば、
政府は21日、都道府県による休業要請に従わないパチンコ店などを対象に、自治体が新型コロナ特措法45条に基づいて、要請をより強めるための検討を始めたことが分かった。政府、休業要請の強化を検討 従わないパチンコ店など公表も
”要請”とは応じたり、受け入れたりするものであって、従う/従わないは”指示”や”命令”を受けての語、という認識なんですが...

この”要請に従わない”ことに対して、”非国民”視するような風潮が漂い始めていて、戦時中の国防婦人会、隣組で象徴される国家総動員体制への移行が進んでいるように見受けられます。何故、指示とか命令発出はされないのでしょうか。要請を強いる、そういう空気が醸成されていくことに陰湿さを感じてしまいます。

後から顧みた時、指示とか命令という強制性を思わせる語を記録に残したくない、という意図なのかもしれません。それこそ統制社会を連想させますから。記録が要請であれば、”要請に応えて自粛した”と記録できます。現実的には要請を強いていたとしても。

結局、
大阪府の吉村洋文知事は24日、新型コロナウイルス特別措置法に基づく休業要請に応じていないパチンコ店6店に対し、法に基づくより強い要請を出したと明らかにした。店名も正式に公表した。全国で初めて。(大阪府知事がパチンコ6店の名称公表
となったわけです。営業の是非はともかく、行政が事を進めるために同調圧力を利用するというやり口は全くもって気持ちが悪いものです。

ついでに記した”協力”も、当たり前のように強いる行政組織があることを付記しておきます。

2020年4月19日日曜日

除籍

身をもって”政治生命を賭して”という語を体現されました。

元立憲民主の高井崇志衆院議員。

自粛

ロケが中止、スタジオでの収録も腰が引けたようにおっかなびっくり。報道番組の出演者は、メインのキャスターと二、三人が距離を保って離れて位置し、ゲストを含む半分以上はリモートで画面越しに出演と。他にはアナウンサーが電話インタビューする姿を放送...

ラジオで十分では?

公共放送では新たな番組を制作することなく、再放送と過去のコンテンツの編集番組で時間枠を埋めています。これで、臆することなく同額の受信料を課すというのも如何なものかと思います。

飲食店が休業や短縮営業を余儀なくされ収入減を強いられているわけです。公共放送も不要不急の番組は控えるべきかと。受信料と税金の区別ができません。

反射

新型コロナウイルス対策で、
”国民1人当たり一律10万円給付”
へと方針の急転換がありました。で、
――今回は要望される方、手を挙げていただいた方に給付する――
と麻生財務大臣が横槍を入れて批判に晒されています。取り敢えず一律に給付して、高所得だったり前年比で収入の減少が大きくないのであれば、年末調整か確定申告で帳尻を合わせれば、とも思うのですが。

いずれにせよ、”他人の痛みは解らない”ことが分からないと、こういった応答が反射的に生ずるのかもしれません。