2013年5月5日日曜日

滲透

私の行動範囲内に限れば、蕎野、江月、そば清は美味い蕎麦が食べられる店です。そば清はうどんも提供されているのでそば専門と言えば蕎野、江月ということになるでしょうか。で、こういった専門店であっても昼食時に訪れれば必ずランチセットというか昼定食といった呼称で蕎麦とご飯もの(天丼他)を組み合わせたメニューが用意されています。

洗練とか粋といった仕草とは全く無縁の私にとってはありがたいのですが、”粋”を連想させる蕎麦専門の店で丼と蕎麦のセットメニューが何となく野暮ったく見えるのは気のせいでしょうか。(昼のメニューからなくされたら非常に困りますが...)

蕎麦専門店の歴史がそれほど古くない、元々きしめん、味噌煮込みといったうどん地域である名古屋圏の特徴かもしれません。

以前、少し考えてみました。

 

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いわゆる、名古屋メシの麺物の例として味噌煮込みうどん、きしめん、あんかけスパゲッティが挙げられています。実は私は、これらの根底には麺と共に”当然のように”飯を喰らう習慣があり、これこそが名古屋メシの本質ではないだろうかと思っています。


ラーメンをおかずに飯を喰らうのも、確かにラーメンライスという組み合わせ自体は全国的なメニューかもしれませんが、名古屋、正確には名古屋近郊以外の地域ではこれほど広く深く浸透していないような気がします。ラーメンそのものは名古屋近辺では比較的歴史の浅い麺物ですが、遡って中華そばと飯との組み合わせという視点から、ラーメン、若しくは、中華そばと飯のセットも十分名古屋メシの範疇にあるのではないでしょうか。

きっかけは関東以北出身者からの指摘でした。名古屋、正確には名古屋近郊も含めてですが、この地域では特にランチタイムにうどん、或は、きしめんとご飯、それにフライやてんぷら等の揚げ物を組み合わせて定食としたメニューが当り前のようにお品書きの筆頭や店頭、店内の壁の最も目立つ場所に表示されています。昼食のメニューには定食と双壁をなすものとして、一方がミニサイズとなることもありますが丼物と麺類の組合せも非常によく目につきます。指摘はこの丼物を含むご飯と麺類の組合せのあたり前さが奇異に感じる、といったものでした。

 

―― うどんを主としておにぎりや稲荷ずしを食べることはあるが、これはあくまでうどんのみでは量的に不十分な場合を補うサイドメニューである。おにぎりや稲荷ずしはうどんと切り離しても食事として成立する。しかしながら、それだけで食事として成立しない白飯と、麺類の組み合わせは受け入れ難い。又、丼物と麺物の組み合わせに至っては、何故麺類と共に丼物を食べる必要があるのか。丼物か麺類の一方だけで十分ではないか。なぜことさらに麺類と共に飯を喰らおうとするのか。――

 

確かに、私自身、関東での学生時代、貧乏学生のインフラの一つである学生街の中華屋でラーメンライスを食べたことがありませんでした。焼きそばを含む中華の麺類とご飯を注文し喰らう姿は、同級生からも、その店に居合わせた他の客からも見られませんでした。いくら空腹であっても注文するのは麺類かご飯物のいずれかでせいぜい大盛にする程度でした。メニューに麺類とご飯物を組み合わせたセットメニューを目にした記憶もありません。ラーメンライスを食べている客を見たのは5年間で一度位でしょうか。

その後勤め人として暮らした、東北、関東でも会社の社員食堂で麺類とご飯物のセットメニューはありませんでした。ただ、食欲だけは旺盛な若手でしたから、奇異な目(?)で見られながらもいわゆる定食や丼物に麺類を追加して勝手にセットメニューにしていました。名古屋圏の量を勘案したセットメニューではなかったため、各々一人前たっぷりありましたから結構な量でした。


先輩、後輩、同期といった私と同世代の人間も同様に食欲旺盛であったはずですが、他に勝手なセットメニューを食べている姿は記憶に残っていませんから、殆どいなかったと思います。街の極普通の蕎麦屋でもセットメニューはなく、丼物とそばの組み合わせを個別に注文していました。私の場合、この頃から麺類と共に飯を喰いたいという欲求が蘇ったような気がします。

ここで蘇ったと表現したのは、好むと好まざるに関わらず、義務教育過程の給食において既にみそ汁で煮たような味噌煮込み、焼きそば、ナポリタンやインディアンと称されたスパゲッティ等の麺類と食パンの組み合わせで、又、家庭でもうどんや焼きそばと白飯の組み合わせで食事を摂っていた原体験があるためです。麺を喰う時、白飯が欲しくなるこの性がDNAに刻み込まれているとまではオーバーですが、骨の髄まで滲み込んでいると言っても過言ではないでしょう。

白飯と組み合わせる麺について考えてみると、おそらく私はうどんやきしめんを一汁三菜といった定食における汁物と位置づけています。そのため主食である白飯が必要となり、又、同時に供されるフライ等の揚げ物を副菜として当然のように受け入れているのでしょう。一方、味噌煮込みの場合、その濃厚な食味が白飯とよく合い、従って、白飯が進む汁物の役割を併せ持つ副菜として捉えられているものと考えます。名古屋圏で妙にカレーうどんが人気なのは味噌煮込みといった味が濃く白飯が進む先行例があるためではないでしょうか。

きしめんや味噌煮込みは名古屋文化圏に特徴的な料理として挙げられていますが、その根幹には
――うどんやきしめんは汁物として、又、味噌煮込みやカレーうどんのみならず、中華、挙句には焼きそばやスパゲッティすら副菜として白飯と共に喰らう――
があり、このことこそが名古屋圏における食文化の本質ではないかと考えています。