2021年5月31日月曜日

巧言

 前のエントリに関連した話なんですが

原発処理水、海洋放出を決定 政府、閣僚会議で方針―菅首相「風評対策徹底」

処理水を国の基準を下回る濃度に薄めた上で、2年後をめどに海洋放出を始めるそうです。

この決定に対し国内外から猛反発が起こっているわけですが、不詳な部分もあって少し記してみます。

概略は、福島原発の冷却に使用した放射性物質を含む水(汚染水)がタンクに溜まり続けていると。ただ、無限にタンクで保管することは不可能ですから、多核種除去設備(ALPS)で放射性物質を除去し、無害化した処理水を放出して貯蔵タンクの増設を止め、空き容量を増やしていきたいとのこと。ただ、処理水中にあるトリチウムを含む水分子、いわゆるトリチウム水の除去はALPSでは不可能なため、トリチウム水を含む水を放出することになります。で、政府方針によるこのトリチウム水の海洋放出を巡って、安全性や風評被害に対する懸念から強い反発が起きている、という理解です。

この辺りの政府の姿勢、説明は経産省のサイトで公開されています。

ALPS処理水について (福島第一原子力発電所の廃炉対策)


この資料内には検討の経緯は示されていませんが、

◇専門家会議が6年余り検討した結果、5つの方法の中から、前例や実績があることから「海洋放出」と「水蒸気放出」の2つが現実的とされました。

◇2つの方法の中でも、放出設備の取扱いやモニタリングが比較的容易であることから、「海洋放出」の方がより確実に処分を実施できるとされています。

のことです。

で、この後、原発の敷地外に運ぶには時間のかかる課題

◇処理水などの原発からの放射性物質を敷地外に運んだり、敷地外にタンクを作って ためるには、関係する周辺自治体や住民の方々の御理解を得ることが不可欠で、 相当な時間を要します。

があったり、沖合での放出は国際条約違反になると否定的姿勢を示して、以降、トリチウム水の安全性の力説が続いていく流れになっています。

読んでいて、なんだか大きな違和感を禁じ得ないでいます。

処理水などの放射性物質を敷地外に運んだり、貯めたりすることに、周辺自治体や住民は同意しないことを国も自認しているわけです。この記述において、安全性については触れていません。

そこから、どういう理屈で沿岸から放射性物質を海洋放出するならば周辺自治体や住民は反対しないとしたのか、理解不能です。沿岸の海は敷ではないという理由なんでしょうか。

安全な放射性物質を沿岸の海域に放出することに関係自治体や住民、漁業関係者の理解が得られるなら、敷地外に運んで国有地に散布し地層に浸透させることにも理解が得られる気がしますが...

ALPS処理水が全くの疑念もなく安全であるならば放出の手段についてあれこれ云々する必要はないわけです。危険であれば貯めることになり、還流させて原子炉冷却水として使い続けるくらいでしょうか。貯蔵した処理水は希釈ではなく、濃縮、減容して、いわゆる”核のゴミ”として保管し続けることになります。

ALPS処理水が安全か否かについてはしばしば主張が対立していますが、議論が噛み合っていない事例も散見されます。

1)平常運転の原発から海洋放出されるトリチウム水の安全性

2)福島原発の原子炉冷却に使用した汚染水の安全性

3)2)の冷却水を多核種除去したALPS処理水の安全性

とあって、1)=3)とする立場からは安全が主張されていて、2)=3)の立場からはからは安全性に疑義が呈されています。2)=3)ということはないととされていますから噛み合わない原因はここにあります。ただ、2)≒3)だったり1)≠3)の可能性はやはり否定できず確たる安心は得られていない、そんな処でしょうか。

で、国側としては1)=3)であって安全という立場で、他国の例もあって、低コストの海洋放出が最適という結論のようです。ただ、このコストには風評被害の補償額は含まれていないわけです。風評被害は不可避ですから、対策費と補償の合算を処理費用とするべきです。この部分を除外して低コストだからという理由で海洋放出を選択することは、なんだか結論ありきの印象を抱いてしまいます。

そこで、海洋放出が最適という結論に至った経緯を追ってみます。この結論は下記、

東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における 多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針

のP.5〜P.6辺りで説明と共に記されています。概略的には、地層注入、水蒸気放出、水素放出、地下埋設と合わせて海洋放出が比較検討され、その結果、海洋放出か水蒸気放出のいずれかという話になった後、最適な手段として絞り込まれたようです。

一連の流れは、

福島第一原子力発電所における汚染水対策

内の

多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会

トリチウム水タスクフォース

に詳しく、

ALPS処理水の処分

にもまとめられています。

概観した処やはり、処理水処分の必要性とトリチウム水の安全性が強く訴求され、処分は海洋放出以外あり得ないといった印象を抱きました。結論ありきの感は否めませんでした。例えば地層注入に着目してみた時、上記基本方針内では、除外された理由として、

”A)地層注入については、適地を探さねばならず、モニタリング手法も確立されていないこと”

とあるのですが(p.6)、適地がなかったとも、モニタリング手法が確立できなかったとも記されていません。地層注入に対する消極的な姿勢というか、やる気のなさが窺えるわけです。

”③ また、浄化処理や希釈を行うことにより規制基準を満たすようになった水についても、敷地外に持ち出した上で処分する場合には、現行制度上、輸送中や持ち出した先においても所要の管理が求められる。これに加え、輸送や保管、放出に当たって、自治体を始め様々な関係者との調整が必要となる。このため、その実施には相当な調整と時間を要する。”

規制基準を満たすようになった水についても敷地外での処分の場合、輸送や保管に所要の管理がに必要とのこと(p.8)。飲料水並に安全と宣わっていたのでは?との疑問と共に、では管理の問題があるならへの放出はいいのか?とも思います。その後、自治体を始め様々な関係者との時間を要する相当な調整が必要と続きますが、”不可能”とも”できなかった”の語は見つけられません。過去、地元自治体や関係者との調整がつかないまま、政府が決定を半ば強行した事業というのも事例があるわけです。つまり、国益を盾に強制執行する権限というものを政府は有していますから、”調整が必要”は選択を除外する理由には該当しないと考えます。

なんだか、海洋放出という既定の決定を確固にするためにしない理由を挙げて他の選択肢を除外する、そんな意図を感じるのですが。

この”海洋放出を選択する”と記してある上記基本方針はR.3.04.13に開催された廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議(第5回)の配布資料です。そこから時間を遡って経緯を見てみます。

上記福島第一原子力発電所における汚染水対策からのリンクでは、多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会からの資料が新しいようです。

”地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出及び地下埋設について検討を行い、基本要件(規制成立性・技術成立性)や、制約となりうる条件(期間・コスト・規模・二次廃棄物・作業被ばく等)について検討 を行った。” 
といった作業は、2016年6月3日に取りまとめられた、トリチウム水タスクフォースからの報告書にからのもの、と記されていました。この報告書にある、

地層注入の技術的成立性(・適切な地層を見つけ出すことができない場合には処分開始できない/・適切なモニタリング手法が確立されていない)、

規制成立性(・処分濃度によっては、新たな規制・基準の策定が必要)や、

その検討結果(制約となりうる条件)(期間: 104+20nヶ月 912ヶ月(監視)/ コスト:180+6.5n億円+監視 / 規模: 380㎡ / 2次廃棄物:特になし / 作業員 被ばく:特段の留意事項なし / その他:適切な土地が見つからない場合、調査機関・費用が増加

は該トリチウム水タスクフォースからの報告書を踏襲した内容です。そうなると、このトリチウム水タスクフォースからの報告書は
が最新の報告書ですからそこで検討を止めた、ということになります。そこで次にトリチウム水タスクフォース情報を遡ってみますと、

トリチウム水タスクフォース第7回2014年4月9日)で議論された”海外の取組について”においてフランスでは
地層にトリチウム水を注入することが、禁止されている。理由は不明。ただ、地層内での保管は許可されている。

とのこと。以降、禁止の理由を見つけることはできていません。

地層中への注入(廃棄)は適用する基準がなく、取扱いには検討を要する
といった旨の記述があります。記述があります。一連の流れを追ってみると、
トリチウム水処理は廃炉までに、という期間を設けず、できるだけ迅速に行う(但し、トリチウム以外の核種が、多核種除去設備等により別途除去されていること)
↓ 
過去、海洋放出はフランス、イギリス等で、水蒸気として大気に放出は、スリーマイル島(米)で実施された一方、地層中への注入は前例がない。理由は不明だがフランスでは地層中への注入は禁止されている。

迅速に、とせっつかれているから、実例のある海洋放出か大気放出が妥当な処か。二者から処理量、費用を勘案すれば、最適な処理方法は海洋放出以外にない。

といった処でしょうか。大雑把には、時間がないから前例踏襲と。後ろ向きな論理立てが構築されているわけです。地層注入はその後、
地層中への注入(廃棄)は適用する基準がなく、取扱いには検討を要する(第8回(2014年4月24日))

 を経て、CCS(二酸化炭素貯留)技術を念頭に

・適切な地層を見つけ出すことができない場合には処分開始できない
・適切なモニタリング手法が確立されていない)、

・処分濃度によっては、新たな規制・基準の策定が必要

と、できない理由が具体化されていきます(第12回(2015年6月5日))

今は2021年ですから地層中への注入については検討を中止し、5年以上何もしなかったということに他なりません。適切な地層を探すことも、モニタリング手法を確立することも、新たな規制・基準の策定もしなかったわけです。時間がかかる、要検討として以降何もせず、地層が、モニタリング手法が、法規が、と言ったってそれらはできない理由にはなりません。解決しようとしなかったわけですから。

こういった流れを俯瞰してみると、トリチウム水の処理法は、第8回(2014年4月24日)辺りで海洋放出が落とし所になったという見方も十分妥当性のある推察です。その時点で海洋放出に対し明確な合意があったわけではないとしても、漠然と”他の手段は採り得ない”空気が醸成され、海洋放出の肯定材料と他の方法の否定材料が集められシナリオというか道筋が形成されていったのではないかと。はないかと。

そうなると、既に結論を出していますから、地層注入のための地層探索、モニタリング手法の確立、規制・基準の策定といった話に進まないのも至極当然です。


(追記していきます。)

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