2014年10月12日日曜日

公共(4)

他にも、NHKのウェブサイトにある、
1.「NHKだからできる放送」とは何か
2.人権と放送についてどのように考えているのか
3.「公平・公正」、「不偏不党」とは具体的にはどういうことか
4.再放送が多いのはなぜか
5.なぜ、スクランブルを導入しないのか
といったfaqが興味を引くところであり、こういったfaqが、
I.国内番組基準
II.放送倫理の確立に向けて
III.NHK放送ガイドライン 
IV.NHK倫理・行動憲章/行動指針
を基に作成されているであろうことは間違いないところかと。

そういった中、
――意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う。――
といった文言が目を惹きました。

正に今、Yahoo!ニュースで
「マタニティマーク」ネットで論争 妊婦が権利振りかざしている?
といった実に上記文言に該当する記事が取り上げられています。

非生産的だなぁと常々思うわけです。

この類の問題は以前も記していますが、
(小児、幼児、乳児、妊婦)x(航空機、新幹線を含む鉄道、バス)x(ビジネスクラス、グリーン席を含む指定席、ベビーカー)
と同根です。

定期的に不毛な炎上がネット上で勃発、で、何ら解決せず収束し、次の炎上に向けエネルギーが蓄積されていきます。

ガス抜きなんでしょうか。

こういった問題をNHKが両論併記しても何ら解決に結びつかない、進展しないようにみえます。そういった理由であまり取り上げられないのかもしれません。

少し逸れますが、先日来始まっている衆参両院の予算委員会でやたらと”女性が輝く社会づくり”というキャッチフレーズを耳にします。

安倍総理大臣は、2020年までに女性の指導的地位に占める割合を30%にすることを目標に、女性の活躍の推進に官民挙げて取り組んでいきたいとのことです。

政府が女性の採用、任用を官庁や企業に指示、依願するそうです。しかしながらそれ以前に、上記に類した、社会に横たわる女性と出産、育児、子育てに関わる不毛な問題に終止符を打つことこそ優先されるべきではないでしょうか。

女性の労働を取り巻く現況は、社会全体の価値観に基づく環境、認識が反映されたものであり、切り離して独立に改善するとは不可能ではないかと思うわけです。

根幹の問題が解決に向かわない限り、目標達成は困難でしょうし、形ばかり目標に近づけることになり、無理矢理感が付いて回るような気がします。

話を戻します。

対立する問題について、中立を保つため両論併記することは、特定の立場に立たない、特定の意図に基づく誘導の排除である一方、見方を変えれば責任を回避していると捉えることもできます。

両論併記しても何ら解決に結びつかない、進展しないことをNHK自身が自覚しているためか、番組としてあまり取り上げられてこなかったような気がします。

単に両論を併記するだけに留めず、各々の立場が依拠する礎、各々の視点からの解決策等は提示されてもいいのではないでしょうか。イニシアティブを取って、一方が正しく、他は譲歩すべきといった判断を出すのではなく、社会が自ら解決していくための具体的、客観的、統計的な詳細情報を提供すべきということです。

対立する公共の問題は、社会が賢くならないことには解決に向け駒が進まないと考えます。

ところで、NHKは、自らが公共放送の機関であるという自覚に基づき、国内放送の番組基準を定め(H10.5改正)、又、放送に携わる全ての者が日々の取材や番組制作を行ううえでの判断の指針とすべき「NHK放送ガイドライン2011」を作成(H23改訂)しています。

この基準やガイドラインを無視、或いは軽んじた番組の制作はできないということでしょう。であれば例えば、対立する公共の問題において、一方の立場がNHKの番組基準に反し、他方が該基準に沿っている場合、公平な両論併記は可能なのでしょうか、疑念が払拭できません。

つまり、番組基準、ガイドラインがあることで、既に完全な中立性は損なわれており、制作された番組には該基準に沿った意図が込められてしまっている、ということです。

番組基準やガイドラインによるバイアスもそれが適正であれば公正中立を装い責任を回避するよりましかもしれませんが...今度は、バイアスが許容されるのか否か、適切性はどうか、公正中立を標榜するな、といった話になってきます。

この辺りの整合性はどうなっているのでしょうか。


(続)

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