2025年9月2日火曜日

窮余

 少し前(R7.6.24)の報道です。

教員グループによる女子児童の盗撮容疑で名古屋市と横浜市の教員が逮捕されるという事件がありました。

事件そのものについては、
と言ったキーワードで検索すれば容易に詳細を知ることができますから記すことは省きます。

で、やはり重視すべきは教育行政側の対策であるのは間違いありません。事件の第一報を耳にした際、なんとも言えない手詰まり感を覚えました。今後に向けて何らかの効果的な策を打ち立てられるのだろうか、と。

この事件を受けて調査と対策の徹底が求められているわけですが、

職員・教員へのの情報提供依頼、保護者からの通報窓口の設置
教員の児童盗撮事件 名古屋市が第三者委で調査へ

といった提言では甚だ心許なく、いじめや虐待対策より期待薄という印象が否めません。穿った見方をすれば、事件が発覚して取り敢えず何かしなければとか、これで第二の事件が発生してしまった場合の批判を抑える、といった教育行政側の防衛意識の要素を感じてしまいます。

ただ、なかなか有効な施策が見当たらないというのが実の処ではあります。

現場サイドでは実務面でルールの徹底が図られるようです。

私用のスマートフォンなどを教室に持ち込まない

校外学習などで私用の端末を使用せざるをえない場合には、カメラのレンズに学校が用意したシールを貼り付け、撮影できないようにする

名古屋市教委“私用スマホを教室持ち込まないなど対策徹底を”

これはこれで一部の小中高で生徒、学生に対して行われている、

在校時はスマホを学校側が預かる

といった校則と同じです。


(追記していきます)

2025年7月20日日曜日

虚仮

 東洋大学は何ら会見を開く気はないのでしょうか。田久保眞紀・伊東市長の卒業証書の件です。
報道によれば、市長が大学に出向いて卒業証明書を取ろうとした処、
─私は卒業ではなく除籍ということが判明しました─

とのこと。卒業したと思っていたら除籍されていたと。つまり、東洋大学法学部のカリキュラムは、学生が卒業できたのか除籍になったのか判別できない程度の内容ということです。大学に卒業証明書の発行申請をするまで、自分が卒業したのかしていないのか判らないと。東洋大学法学部はそれを肯定する形になっています。

卒業しているか否かは卒業証明書の発行申請で確認しなければ判らないほどカリキュラムの中身が空疎であると受け止められかねません。東洋大学という高等教育機関の存在意義にも関わる話だと思うのですが... 

信任

 岸田前政権の時も思ったのですが、それほどまでにダメなんですか、石破総理。ダメはダメなんですよ、絶対評価としては。
ただ、外れしか入っていない籤引であれば、最善は損失が最小となる籤を引くことです。

各野党の主張と相対的に評価してみて、損失が最小となる選択を考えると、まぁ、石破自民か...信任はできないが他は輪をかけて信任できないわけです。

各党いずれも物価高対策と称して、金をバラまくとか消費税減税とかポピュリズムの権化になって揉み手で歓心を買うことしかできないのか?それが民主政治の本質と言われればその通りで反論できませんけど。

公報を読んでもつまらないことこの上なく関心を失せさせます。その理由は何処にあるのか、なかなか思い当たりません。ただ、その一つに

知恵がない
ことがあるのは確かです。連日報道される解決困難な問題、例えば、
依然後を絶たない冤罪問題
教員による生徒への猥褻事件
公的機関保有の自動車搭載カーナビのNHK受信料不払い問題
教育政策
科学技術や第一次産業を含む産業政策
為替を含む金融政策
少子高齢化と地方の過疎化
イスラエル、ウクライナ、台湾、トランプ関税を巡る外交政策
等で知を感じさせるというか、賢いと思わせるような主張を見聞したことがありません。

どこかから金を集めて配る、財源の根拠もなく減税する、そういった金絡みの単純な主張ばかりで、そこに頭の悪さを感じさせます。少しでも、生産性、効率、合理性を印象づける文言があれば少しは違ったかもしれませんが。

他にもあるかもしれませんが、少なくともこの”賢くない”が一つの理由であるのは間違いありません。政治というもののの目的は自由、平和、公正、平等、便利、快適な社会の実現です。それを踏まえれば"社会が賢くなる"ことは必須であるにも拘らず、果たしてそういった方向に社会を進める選挙なのか、甚だ疑問です。

2025年5月16日金曜日

属性

 +1800592220110から着信がありました。出てみると三重県警捜査二課とのこと。氏名を確認して切断されました。

氏名は間違っていませんでした。その後私の楽天銀行の口座が詐欺に使われたとか、マネーロンダリングとか、不正に口座から預金が引き出されたとか、そういった文言を待ち受けていたのですが、相手から切断されてしまいました。

番号と氏名、おそらく住所も流出したのでしょう。該番号を検索してみると殆どが三重県警を騙っているようです。で、やはり気になるのはどこから?となるわけです。

上記番号について調べた電話帳ナビというサイトではこの番号にまつわる投稿が何件もありました。そういった投稿の内容を照らし合わせるとおそらくAliExpressだろうと推測できました。自分が携帯の番号を登録しているサイトとの重なりがその理由です。Yahoo!も重なっていましたが該サイトからの流出であれば投稿件数は桁違いのはずです。

この番号についての電話帳ナビへのアクセス推移を見てみると4月下旬からアクセス数が増加していました。その頃に該番号が詐欺電話に利用され始めたか、流出したカモリストが使われ出したということなんでしょう。今後、この番号からの発信が拡大していくのか、或いは今をピークに収束していくのか気になる処です。最大見積もって、AliExpressの日本登録者数です。GoogleのAIによる概要では700万人以上とのこと。この中、どの程度の割合で被害が発生するのか判りませんが、AliExpressの日本登録者の属性と警察を騙った詐欺被害者の属性は重なりは少ないような気がします。なんとなくの印象です。

2025年4月22日火曜日

クーポン

今更、石破商品券問題について云々するつもりは毛頭ありません。批判も支持もしません。いずれ辞任は必至で、当面は混迷状態が続くものと思われます。

それについては論評する気も起きなかったのですが、ただ、この問題の周辺で関心を引いたり考えさせる言動がありました。斜めの視点から少し記します。

この商品券問題が発覚した際、
”お金にクリーンなイメージだったのに...”

といった声を聞きました。おそらく、テレビのニュースワイドショーに出ていたジャーナリストからです。幾人かが口を揃えてコメントしていました。

で、当の本人は、

長年やっていて、人付き合いが悪いの、ケチだのと散々言われてきたので、そのことについて気にする部分が相当にあったんだろうと思っている

と弁明しました。おそらく言い逃れなんでしょうが、自身の人物評を答弁に引用したわけです。この定評は外れてはいないのでしょうが、弁明の言質に取られたのは間違いありません。この人物評を定着させたメディアは一体どういった意図だったのか、揶揄とかネガティブな印象付け以外になかなか思い当たりません。

これが例えば、商品券問題の発覚前に、倹約家とか合理主義者といった別角度の語で人物を評価しておけば、上記弁明はできなかったのではないかと。ものは言いようであって、石破総理をケチとも生産的とも評することができ、両者は全く同義ではないにしても異なった印象付が可能なわけです。

商品券問題発覚以前には、ケチとか人付き合いが悪いなどと揶揄しておいて、発覚後になって”お金にクリーンなイメージだったのに...”と失望感を示すのは、すり替えです。いったいどれだけのメディア、ジャーナリストが問題発覚前に”お金に関し清廉”と捉えていたのか。失望感や裏切られた感を表明できるのは、一時でもその立場を採った者だけです。

さて、話変わって本論に。時折、論争というか人格攻撃合戦が巻き起こるテーマの一つに”デートの際のクーポン払い”というものがあります。

"デート"、” クーポン”で検索してみると相談?のような事例が掃いて捨てるほど現れます。それはもう、ネットワーク資源の無駄と言っても過言ではない程です。

で、デートの際に男がクーポンを利用することの是非を問う形をとりながらも、”ケチ”、”せこい”、”人間が小さい”、”ダサい”、”恥ずかしい”等々の理由で、誹謗しつつ蔑むべきとか避けるべき行為ではないか、というのが概略です。この問題に対しては賛否があって、アンケート結果を公開しているサイトによれば、クーポン利用に肯定的という意見が過半のようです。とは言っても圧倒的というほどではなくあくまで多数意見に留まっています。

この、デートの際のクーポン利用を見下す、蔑視する女性の意識の根底は何か、と考えてみますと、
自身の価値が割引される

こととの同一視ではないかと思うわけです。即ち、

[デートでの出費がクーポンにより減額]

=[自分に対する出費がクーポンで減額]

=[クーポンで減額された価値が自分の価値]

への反発が上記見下しに結びついている、ということです。

逆に、

[デートでの散財、浪費]

=[自分に対する散財、浪費]

=[水増しされた自分の価値]

であれば、高評価に繋がるのでしょう。賢明か否かはこの際どうでもいいことです。
──橋下さん、維新っておとこ気ありますね。20万円のワインを2本あけてくれましたよ──

丁度、石破商品券問題が騒がれていた頃、目にした文言です(日刊スポーツ[2025年3月23日9時29分])。伝聞の伝聞で真偽は存じませんが、この話は上記デートでクーポン利用の裏返しです。

石破総理の商品券配布もワインをあけた維新の某と行動原理は同じです。商品券ではなくクーポンを、それもチラシや雑誌から切り抜いたようなクーポンを配っていれば窮地に立たされることはなかったかもしれません。ケチくささに拍車がかかったというか、稀なるケチといった人物評になるのか、庶民的とか堅実となって好感度が上がるのか、好奇の心を寄せるべき処です。

2024年10月19日土曜日

扮装

粉飾、矯飾というか、候補者の扮装とでも言えば良いのか...

第50回衆議院議員総選挙の選挙戦が10月27日の投票日に向けて始まっています。
各候補のチラシが新聞に折り込まれて届きました。どれも名前、顔写真、これまでの経歴や実績、政策、政治理念といった構成です。

で、最初に目につくのが顔写真なわけですが、うーん、老若男女問わずメイクとライティング、修正がてんこ盛りです。異様に色白の女性候補の微笑みとか、血色の良すぎる70代男性候補とか...毛髪の量も違わないか?

写真にこれだけの加工が施してあると、記してある文言は果たしてすっぴんなのか、疑念が払拭できません。

ところで、自民・公明の低所得世帯への10万円給付と、石破首相の公約である最低賃金1500円の実現って両立する政策なんでしょうか。志向する方向がチグハグに思えるのですが。

まぁ、一方がポピュリズムに由来する選挙対策で、他方が風呂敷、若しくはアドバルーンということであれば理解はできます。

2024年10月13日日曜日

建付

 ─今日はこれぐらいにしといたるわ─

池乃めだか師匠かと思いました。大川原化工機事件、プレサンス事件やらで権威と信頼の瓦解が進む中、落ちていく瓦を手で押さえようとすると、こういった物言いになるのかと。

袴田事件の再審で、静岡地裁が下した無罪判決に対し、検察が控訴権利を放棄したことを受けての検事総長談話です。

談話中に、

他方、改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。

とありますから、再審公判前は袴田氏が犯人であるとの考えです。これが、静岡地裁の判決を受けて、

本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。

を経て、最終的には

袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。

なりました。要約したものが冒頭の文言のわけですが、もう少し考えてみます。